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Part of your world を聞くのが辛い〜The Little Mermaid

ディズニー

Part of your world はリトルマーメイドのアリエルが歌うアリアだ。

こいつを聞いていると、どうしても涙があふれる。

ちょっと翻訳しながらそのへんを見ていきたい。


Look at this stuff

これ見て

Isn’t it neat?

いいでしょ

Wouldn’t you think my collection’s complete?

私のコレクション、完璧だと思うかもしれないわね

Wouldn’t you think I’m the girl

The girl who has everything?

私のこと、あれだと思ったんじゃない?

なんでも持っている女の子だ、って


アリエルは現になんでも持っている女の子だ。

若さ、美貌、美しい歌声。

父親はすべての海の生物を統べる海の王トリトン。

その末娘にして最愛の娘、アリエル。

まさに最強。

怖いものなしなのだ。

でもそんな彼女がどこか物憂げだ。

うん。

アリエルは、そういうすべてを持っている女の子だし、周りにいる友だち(ここではフラウンダーだ)にも「私ってすべてを持っている女の子に見えるでしょうね」なんて言い放っても普通に許される女の子なのだ。

でも、実は別に、アリエルじゃなくてもいいのだ。

ティーンエイジャーの万能感って、ある種こういうところがあると思う。

彼らの世界は狭い。

知識も少ない。

それだけに、手の届く範囲のものはすべて理解できている気になっているし、そのことを通じて世界のことを全て理解できているような気持ちにもなりやすい。

すべてのティーンエイジャーがそうだというわけではもちろんない。

でも、例えばライ麦畑でつかまえてのホールデン。

かもめのジョナサンのジョナサン・リヴィングストン。

父と子のバザーロフや罪と罰のラスコーリニコフ。

彼らに共通する、社会に対して無力感を抱える一方で彼らが抱く万能感や超越感、あるいは高踏派的な全知感といったもの。

そういう彼らに共通するものをアリエルも抱えているのだと見ることもできるってことだ。

つまり、長々言ったけれど、アリエルは、ティーンをいくつかの類型にわけたときのひとつに分類される程度には典型的なティーンの女の子、ということ。

ええと。

いいかえれば、普通の女の子ってことね。


Look at this trove

Treasures untold

見てよこの、えも言われない宝物の数

How many wonders can one cavern hold?

どれだけの不思議をひとつの洞窟に詰め込めるのかな。

Lookin’ around here you’d think

ここを見回したら、あなたは思うでしょうね。

Sure

そう。

She’s got everything

”あの子はすべてを持ってる”って。


はい。

大事なことなのでもう一度言いましたよ。

“She’s got everything”

「あのこはなんでも持ってる」

もう、そんなに何回も言わなくてもいいと思うんだけど。

ところがそのアリエルが。

全然嬉しそうじゃない。

”I”じゃなくて”She”だしね。

他人ごと。

気もそぞろ。

宝物の数々なんて言いながら、興味がない。

いや。

宝物だとは思ってるんだけど、一方でこんなものガラクタだと思うくらい、満たされない。

このあとの歌詞でもダメ押しでまたそのことを言っているけれど、もうここですでに十分すぎるくらいアリエルのDullな気分が現れている。


I’ve got gadgets and gizmos of plenty

キカイもドウグも山ほど持ってる。

I’ve got whose-its and whats-its galore

ダレノモノもナニモノもいっぱい持ってる。

You want thingamabobs?

I got twenty

このアレ、欲しい?

私、20個も持ってるわ。

But who cares?

でも、だから何?

No big deal

全然大したことないわ

I want more

私は、もっと、欲しいのよ!


さあ。

ここだ。

アリエルはエルサと違って同じことは何度もは言わない。

エルサならLet It GO(自分の解放)がテーマだった。

アリエルはもっとこう、Greedyなの。

貪欲、ね。

あれもほしい。

これもほしい。

もっとほしい!

もっともっとほしい!

I want more って歌う前にしっかりとブレスする間があることには大いに注目しなきゃいけない。

これ以上ないくらい、この歌の中で一番しっかりはっきり歌うのがこの”I want MORE!”なのだ。

翻訳は太字にしなきゃいけないのだ。


はぁ。

翻訳はもうここで止めてもいいんだ。

もう、滂沱。

つまりね。

たいきが、のはなが。

こう言い出したとき、私にはそれを止められないってこと。

もう、親に与えられたものじゃ満足できない。

親の目を盗んで、でも親の目の届く範囲で手に入れたものでは満足できない。

もう、ここにあるものでは満足できない。

もっと遠くへ。

もっと違うところへ。

もっと違う世界へ。

そういう日がきっと来るのだ。

そうして。

彼らはきっと私のもとを去っていくのだ。

私の知らないところに。

私の手の届かないところに。

私の力の及ばないところに。

振り向きもせずに。

ただきらきらと前を向いて。

前だけを見つめて。

そう。

それはトリトンにとっての陸の上のように。

旧世代の私には想像もつかないようなところ、だ。

必ずそうなるわけじゃないかもしれない。

むしろそんなことは貴重で希少なことかもしれない。

でも、そうなるように育てたいし。

なんなら、そうならなきゃいけないし。

そうなってほしいし。

でもその日が来ることを思うとき。

寂しくて寂しくて。

もう、涙が流れてしまうのだ。

まだその日が来たわけじゃないのに。


I wanna be where the people are

私は、”人々”がいるところに行きたい

I wanna see, wanna see ‘em dancin’

私は見たい、そう、彼らが踊るのを見たい

Walkin’ around on those?what do ya’ call ‘em??

oh, feet

歩きまわりたいの、あれで、なんて言ったっけ?

ああ、足、ね。


ねー。

こんな風にさ。

説明されちゃうわけよ。

いや、説明もしてくれないかもしれないけど。

せめてそうやって一生懸命話せば分かると思われている親父にはなりたい。

あそこにいってアレがしたいんだ。

アレを見たいんだ。

あんな生活をしてみたいんだ。

こっちは頭が旧くて硬い親父だから、その良さがさっぱりわからないかもしれない。

セバスチャンじゃないけど。

言ってやりたくなる。

教えてやりたくなる。

海の底が一番だよ。

君は海の上に行きたいって言ってるけど、それは大きな間違いだ。

隣の海藻は青く見えるもの。

周りを見てご覧よ。

素晴らしい!

アンダーザシー!

それに、新しい世界には怖いこともたくさんある。

ここにいれば誰も私達を打たないしフライに揚げないしフリカッセにして食べようともしない。

最高じゃないか、海の底。

そんな言葉が喉まで出てくるのを、ぐっと押さえるのだ。

悲しい気持ちを、動揺する気持ちを、全力で隠して”Under the Sea”をあの音楽エビの狂ったようなハイテンションで歌いたい。

そんな気持ちを押さえ込むのだ。


Flippin’ your fins you don’t get too far

ヒレをヒラヒラしたって遠くには行けっこないよ

Legs are required for jumpin’, dancin’

足ってね、

走ったり踊ったりするのに使うのよ


ほら出た。

ティーンエイジャーの上から目線な知識の披露。

知ってるよそんなこと。

それを知った上で、海の底がいいって思ってるんだよ。

って思うけど。

もうアリエルは、子どもたちは私の言うことなんか聞く気もないし、何なら眼の前にいても見えてもない。

空想の世界に飛び出してしまっている。

なんの助走もなく夢想の空へ飛び上がるのは子供の特権なのだ。


Strollin’ along down a?

what’s that word again??

street.

あれにそって進むんだ。

あの言葉、なんだっけ?

そう、道!

Up where they walk

Up where they run

Up where they stay all day in the sun

彼らが歩くところへ

彼らが走るところへ

彼らが日がな太陽の下ですごすところへ

Wanderin’ free

Wish I could be 

Part of that world

自由に歩き回って

なれたらいいのに

あの世界の一部に

What would I give

If I could live

Out of these waters?

何を差し出したら、この水の中から出られるんだろう

What would I pay

To spend a day

Warm on the sand

何を代償にしたら、

砂浜で日向ぼっこできるようになるんだろう


ああこわい。

若者は怖いもの知らずだ。

平気で”代償を支払えば手に入れられる”なんていう。

虎穴に入らずんば虎子を得ず、とかいうやつだ。

これも若さの特権。

失うものなんかなにもないと思ってる。

そもそも持ってるものは彼女彼らにとって “Who cares? No big deal” なのだ。

そして得られるものは無限大。

つまりそれは新しい世界で、新しい生き方で、新しい命なのだ。

それを得るためならなんでもするくらいの勢いだ。

もう少しだけ、慎重に。

と、声には出せないけど。

お父さんはどきどきしてしまう。


Bet ya on land

They understand

Bet they don’t reprimand their daughters

賭けてもいい

陸の上で、彼らはわかってくれる

賭けてもいいけど彼らは娘たちを叱ったりしない

Bright young women

Sick of swimming

Ready to stand

輝く女の子を

泳ぎに倦んだ

立ち上がる準備ができているこの私を!


もうすっかり理想の世界だ。

そっちの世界ならみんなが私を受け入れてくれる。

わかってくれる。

あのわからず屋の頑固おやじみたいなのはいない世界。

“Ready to stand !”

立ち上がれ!若人よ!

アンシャン・レジームを打倒せよ!

いざ行かん!

行きてまだ見ぬ山を見む!

ってわけだ。

はぁ。

もうコッチなんか見てないよね。

気持ちも歌も最高潮だ。


And I’m ready to know what the people know

Ask ‘em my questions

And get some answers

彼らが知っていることを学ぶ準備だって出来てるの

彼らに尋ねるの

そして教えてもらうのよ

What’s a fire and why does it?

what’s the word??

burn?

火ってなに?

そしてどうしてアレ、なんだっけ、そう

”燃える”の


ここ、本当にうまいよね。

急にメタな言い方になるけど。

炎って何?って。

最もリアルに炎を描いたとも言われる幻の画家ラ・トゥールの名画「改悛するマグダラのマリア」を見たからこそ海の中にいるアリエルがリアルに炎に興味を持ったのだ、というすごい設定である一方で。

アリエルの胸の内には決して消すことのできない情熱の炎が燃え盛っていて。

この”burn”という歌詞はそのダブルミーニングなわけだ。

胸元に手を当てて”burn!”と歌い上げるアリエルは、その意味を知らないようには全く見えないもんね。


When’s it my turn?

私の番はいつ?


もうね。

ちょいちょい止めて申し訳ないんだけど。

こんなに悲しい言葉はないと思うんだ。

ラプンツェルの”自由への扉”にも同じ歌詞がある。

”When will my life begin?”

だ。

ちょっとちょっと。

君は

”全てを手に入れたと思われてるお嬢さん”

なんだけどね。

それでも、まだ私の出番が来ない。

私の本番が始まらない。

まだそれを待たされてる。

いつ始まるのかもわからない。

いや、始まることがあるのかもわからない。

というのが

“When’s it my tern?”

だ。

つまり子供の話に戻るけど、ティーンの子供たちは、つまりティーンになったたいきやのはなは、そんな思いを抱えるってことなんだ。

だから、それも切ない。

そして、その思いをとめられない。

どんなに寂しくても、黙って、笑顔で送り出さなきゃいけない。

そう思うと、ここでも、この歌詞のところでも一段と涙が溢れてくるのだ。

…おれ、ちょっと異常かなぁ…


Wouldn’t I love

Love to explore that shore up above?

Out of the sea

Wish I could be

Part of that world

好きになるはず

あの渚を冒険することが

海の外で

なれたらいいのに

あの世界の一部に


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