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できない問題があったのか、ほとんどの問題ができたのか

お父さんであること, 子育てを考える, 日記

何日か日記を書かないでいると、何を書いていいのか全然わからなくなる。

とにかく、1週間家族で宮古島に行った。

リゾートなるものに興味はなかったけれど、非常にはまった。

とにかく気持ちよかった。

海といえば湘南の海で育ったので、海というものがあんなに綺麗なものだとは知らなかった。


たいきはくもんに通い始めた。

くもんとピアノ。

まあ典型的といえば典型的なのか。

わからないけれど。

お友達はサッカー教室に行っている子がいたり。

ヴァイオリンを習っている子がいたり。

子供にはどうしても格闘技を習わせたいと言っているお母さんがいたり。

今どきの習い事事情、みたいなのはよくわからないけれど。

まあ、読み書きと算数、そして音楽くらいはやっといて損はないと思うのだ。

大上段に言えばリベラルアーツっていうのかな。

自由七科。

専門科目(神学、法学、医学だ)を学ぶための基礎となる学問。

自由市民(奴隷ではない人)として持っておくべき教養のベースとなる学芸。

文法、修辞、弁証、算術、幾何、天文、音楽、の7つだ。

文法、修辞、弁証っていうのはつまり「国語」だ。

そして、算術、幾何が「算数」。

天文っていうのは自然の観察から時の流れを知ることなんだけど、別の言い方をすると観察から帰納的に物事を予測する科学の入り口で、これは一旦置いておく。

そして、音楽。

音楽を馬鹿にする人がいるけれど。

音楽は洋の東西を問わず古代から最も重要な学問の一つだったのだ。

つまり西洋ではこうやってリベラルアーツの一つに数えられた。

東洋でも儒家が尊重するものは「礼楽」と言われていて、礼は人を導くルールのこと、楽は人の心を感化する音楽のことなのだ。

子曰、「興於詩、立於礼、成於楽」。

子曰く、「詩に興(おこ)り、礼に立ち、楽(がく)に成る」と。

孔子は言われた。

詩によって学問を始め、礼によって人間性を確立し、音楽によって大成するのだ、と。

儒教の祖である孔子も楽器の演奏が上手だったという記事だってちゃんと論語にあるのだ。

というわけで私にとって音楽教育というのは絶対に外せないものなの。

私が「音楽はこのように人間の生活に役に立つ」と説明できるわけじゃないけど、東西の先哲が異口同音に認めたものを否定することはとてもむずかしいと思うから。


3週間くらい前にくもんの教室から「くま」とか「りんご」とか「せみ」とか書かれたA6の紙を20枚くらいもらって来て、覚えていった。

昨日は入会ということでそのテストだったらしい。

先生が入り口まで出てきておっしゃった。

『まだいくつかちゃんと読めないのがあるみたいだから、これをもう少しやって来て下さい』

前回もらったやつに、さらに20枚ぐらい足されている。

結構一生懸命覚えていたようだったので、大体読めるかなと思ったけど。

「まだ読めないのがありましたか。」

ちょっと残念そうな顔をしていたかもしれない。

先生は

『まだ読めないのがありましたよ』

このお父さん、ちゃんとお子さんのこと見てるのかしら、とでもいいたげなような。

ちょっときつめの言い方だった。

いや。

それはなんというか、ひがみかな。

いや。

しかし読めないのがあったのかぁ。

結構一生懸命やったし。

もう全部読めるようになったと思って連れてきたんだけど。

どれが読めなかったんだろう。

なんというか。

率直に、残念。

そんな気持ちでいるところにたいきが戻ってきた。


『おとうさん!おわったよ!』

ああ、どれが読めなかったんだろう。

聞かなきゃ。

「よめ」

ないのがあったんだって、と言おうとして、飲み込んだ。

どれが読めなかったのかなんて、聞かれて嬉しいかね。

絶対嬉しくないよね。

そんなこと言われたら、この教室も、くもんの先生も、勉強も嫌いになるよね。

だって、あんなに一緒に勉強したもの。

たいきだっていくつか読めなかったのはわかってる。

でもまだそれを気にしてはいない。

バツをつけられたわけでもなければ、不合格になったわけでもないし、間違えたことを叱責されたわけでもないからだ。

ここだ。

ここだぜ。

たいきが初めて、勉強をしてその成果について外で「テスト」を受けたのだ。

次の「テスト」に向けて、テストを受けるのが嫌だなと思うようになるのか。

それとも「早く次のテストを受けたい」と思うようになるのか。

この一言にかかっていると言っても過言じゃない。

「たいき、すごいね!」

たいきがきょとん。

先生は鳩が豆鉄砲を食らったような顔をした。

「ほとんど全部読めたんだって?」

そしてぐりぐり頭を撫でた。

読めなかったやつなんかどうでもいいのだ。

読めなかったやつがあったってことは、ほとんど読めたってことだ。

『うん!』

たいきが嬉しそうな顔をした。

先生もなるほどという顔をして立っている。

本当は、子供の指導者としては、こんな風に私が自然に言えるように誘導してほしかったけど。

まあいい。

何も咎められはしなかった。

こんな感じでこの教室とは付き合っていくんだろう。


褒められると満足しちゃうから褒めないという人がいる。

甲子園の監督やらオリンピックのコーチやら、スポーツの指導者なんかでそういうことを口走っている人をテレビで何度も見たことがある。

私はその考え方は間違っていると思うし、好きじゃあない。

できたところを褒めればいいのだ。

そしたら嬉しくなってまた頑張る。

「読めないのがあったんだって?どれが読めなかったの?一緒に勉強しなおそう」

こんなことを言われてワクワクウキウキする子供はいない。

YouTube見てからね、ってなるに決まってる。

「ほとんど全部読めたんだって?すごいね!ちょっとお父さんにも読んで見せてよ!」

これなら嬉々としてもう一度、私の前で復習をやってくれるのだ。

私はこっちでやっていきたい。


ここまで勉強したご褒美にベイブレードを買ってやった。

滑り出しは順調。

少ししたら算数も始めようと思う。

楽しみだ。

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