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モラハラの証明

お父さんであること, 日記

先週土曜日に、たいきをピアノ教室に連れて行った。

先生はどうやら初めてピアノの先生をやるらしい方で、何やらメモ帳とにらめっこしながら色々体験教室のことをご案内してくださった。

で、たいきと一緒に狭い教室に入ったのだけど。

たいきはずっと私の方を向いて、なんなら私に抱きついている。

先生が声をかけても私が促してもだめ。

無理やりあっちを向かせても、すぐにこっちを向いてしまう。

そして眠そうな顔をしてまた私に抱きつく。

最後10分くらいのところで私はトイレに行くと言って教室を出てみた。

私がいるせいで先生もたいきも思うようなことができないのかもしれないと思ったからだ。

そのまま外で待っていると、時間になったところで二人が出てきた。

どうやら一応ピアノに触るくらいまではできたらしい。

まあ私がいるよりはいない方が少しは進んだらしい。

やれやれ。

まあいい。

帰り道にたいきに聞いてみた。

「先生は怖くなかった?」

『こわくなかった』

「また先生のところに行けるかな。」

『うん』

「先生と仲良くできる」

『え〜、わかんない』


とにかく、先生も大変だっただろうから御礼のメールを打つ。

先生の個人アドレスはわからないから運営本部宛。

今日は息子が乗り気じゃなくてすみませんでした。

たいきの好きな曲はこんな曲で、そんな曲を使って距離を縮めてもらうのも手かもしれません。

本人はまた行きたいと言ってるのでよろしくお願いします云々。

こちらも必死だ。

なにしろたいきが「もういやだ」と言ったらそれまで。

二度とピアノのあるところには連れていけないかもしれない。

なんとかあの先生となんとか良くなってもらうしか無いのだ。

と、思ってた。

残念ながら。


昨日だったか、夜寝るときだか風呂の中だかにふとたいきに聞いてみた。

「あのさ、ピアノの先生のとき、お父さんはいないほうがいいかな」

『うん、おとうさんがいるとねむたくなっちゃう』

ああ、そうか。

眠たくなっちゃうというのはもちろん比喩だろうけど、私がいるとやっぱり恥ずかしいのだ。

見守られている安心感があるかなと思ったけど、見られているやな感じの方が圧倒的に強いんだろう。

「お母さんもお父さんが見てるところでなにか習うのやだー」

お母さんもわかりやすく加勢してくれた。

なるほど、そうだよなと思う。

もう5歳なのだ。

してみると、あの、先生に送ったメールもかなり余計なことだったか。

たいきも先生も、私に従属しているわけではない一人の人間として、それぞれに意思を持っていて、ちゃんと問題を解決できるのだ。

私はどうも、そのことがわかっていなかったようだ。

彼らには解決できないと思っていたし、私一人で解決しなければならないと思ってた、ってことだ。


中学生の時にこの本を読んだ。

おとぎ話でポリティカル・コレクトネスを追求する本だ。

赤ずきんちゃんはお母さんに言われておばあさんのところにワインとパンを持っていくのだけど。

しかしそれは、まず前提としておばあさんは高齢だからといって自分ひとりで行きていけないわけではなく、また、そのおばあさんのところに赤ずきんちゃんが食べ物を持っていくのも、それが女の子の仕事だからそうするわけでもないということが延々説明される。

一事が万事そんな感じ。

そのラストシーンで、狼が赤ずきんちゃんを丸呑みにしようとしたまさにその時、その場に狩人が飛び込んでくる。

もちろん赤ずきんちゃんを助けるためだ。

そして、赤ずきんちゃんに一喝されるのだ。

あなたは私達が若い女性と動物だからといって、自分たちでは問題を解決できないはずだと決めつけているのですか、そしてそれを解決できるのは成人男性である自分だけだと思っているのですか、それは差別ですよ、と。

何しろ20年前に読んだ本だから文言は正確じゃないと思うし、内容も正確じゃないと思うけど、まあ大要こんなことだったはずだ。

なるほど、わたしがたいきと先生にやったのはまさにこれだ。

そして、少なくともたいきに対して私はいつもそんな感じなんだろう。

一個の人間として、自分でできることを認めてあげられていない。

過保護だったり過干渉だったり。

あるいは上から目線だったり。

つまりそれは、モラハラってやつだ。

私はモラハラというのは、相手のことを一個の完全な人間として尊重しないコミュニケーションを取り続けることで、相手の自尊心を傷つけることだと思っている。

これは一番やっちゃいけないことなのだ。

はあ。

そんなことをしている自覚が全く無くて、本当に残念。

でも、たいきは私の前では新しいことにチャレンジするところを見せたくなかったのだ。

それが答えってやつだ。

お恥ずかしい。


今日は、もちろんピアノ教室までは一緒についていったけれど、教室の中には私は入らずに外で待っていた。

中を見たいのを必死でこらえて、覗きもしなかった。

出てきたたいきは、前回よりは少しだけ先生と距離が近くなっていた。

照れながらではあったけれど、バイバイもちゃんとできた。

たいきも頑張ったし、先生も頑張ったんだろう。

私なんかの出る幕じゃなかったのだ。

私なんかいないほうがうまくいくのだ。

こうやって、私の手とたいきの距離が少しずつ広くなっていかなきゃいけない。

いや、たいきの手をいつまでも握りしめてないで、しっかりと離していかなきゃいけない。

それが自立ってことだし成長ってこと。

そういうことだ。


さらに、来週からはお母さんと行きたいと言われてしまった。

いう方は無邪気だけど、お父さんはそこそこショックだ。

でもまあ仕方ない

やっぱりお父さんが部屋の外にいるだけでもなにか気持ちが違うんだろう。

そしてお母さんは過干渉でも過保護でもなく、モラハラでもないんだろう。

それを教えてもらえただけ、よかったと思おう。

がんばって軌道修正しよう。

きっとまだ遅くない。

がんばる。

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