4才児にも抱っこが必要な日があるということ
たいきが
「だっこ」
と言った。
思い詰めた顔で、というのか。
意を決したように、というのか。
まあ、そういう顔だった。
ああ、なるほど。
そう来るのか。
これは抱っこするしかないな、と思った。
昨日、九州の義祖母が亡くなった。
亡くなったと言っても、カミュの「異邦人」ではないけど、私にとってはそんなに縁の深い方ではないし、卒寿も過ぎてもう数年来介護施設に入られていたから、回りの人たちも「とうとう来たか」という感じではあろうと思う。
とは言え、奥さんにとっては大好きなお祖母ちゃんだろうし、ばーばにとっては最愛のお母さんなわけで。
出張先に向かう新幹線の中で訃報を受け取った私は、客先にも事情を話して仕事を早めに切り上げてトンボ返り。
珍しく奥さんにいってもらう予定にしていた保育園のお迎えに行き、夕食の惣菜を買いながら、思い立ってロウソクと線香と桃をふたつ買って帰った。
どうも、やはりこのコロナの情勢下では私たちは九州に行くわけにはいかないらしいので、せめて家でお経をあげて供養をしよう、ということ。
夕食後、たいきは何が始まるのかも分からず、取り急ぎご機嫌に見ていたiPadを取り上げられてぎゃんぎゃん抗議していたけれど、仕方ない。
分かってはくれなくても説明はする。
大切な、お母さんのお祖母ちゃんが亡くなったから安らかに眠っていただくためにお経を上げるのだ、その間だけおとなしくしていなくちゃいけないよ、と。
私はたいきに甘いから滅多なことでは駄目とは言わない(つもりだ)けど、これは折れない。
たいきは泣き叫び、暴れ、引っ掻いてくるけれど、とにかく駄目なものは駄目。
例によって恐ろしいほど暴力的な気持ちになるのを絶望的な気持ちで必死におさえながら、何度でも静かに言って聞かせる。
たいきは最終的には椅子に座る私の頭に両手でしがみつき、片足で私の肩、もう片方の足で私のお腹を踏んづけた格好ではあったけれど、一応大人しくなってくれたので、その格好のまま般若心経を詠んだ。
のはなはお母さんの膝の上で、少なくとも前半は、大人しく手を合わせていたようだった。
なにしろ急なことだからろうそくはあってもロウソク立てはないし、線香を炊ける器もないからコップとスプーンで線香立てを作って、お経はiPad。
なんとも様にならないけれど、これぞ急ごしらえの21世紀の核家族のお通夜の典型みたいなことだから、まあいいのだ。
とにかくきちんとお供えをして、お経をあげて、私たちなりに丁寧にお送りしようという気持ちは伝わったことにする。
のはなはその後、お供えの桃をひとつ、ほとんどひとりで食べた。
美味しそうに桃を頬張るのはなの写真を、読経の報告とともに奥さんが義実家に送ってくれた。
たいきはむくれていて桃は食べなかった。
その後風呂には一緒に入り、一緒に寝てくれた。

今朝たいきが
「だっこ」
と言ったのは、まあそういうことがあったことも少しは影響してるかもしれないし、関係ないかもしれない。
まあ、先週から毎日のはなが抱っこで登園しているから、どっちかと言ったら圧倒的にそっちだろう。
しかし、それにしても今朝はずいぶんご機嫌がななめだった。
散々、玄関にいかない、靴下を履かない、靴を履かない、外に出ないとぐずり倒して。
それを急かしてせかして、待って待って。
ようやく玄関を一歩出た。
というところに、たいきの
「だっこ」
だ。
いや、もう勘弁してくれ。
思わず、一瞬ではあったろうけど、茫然としてしまった。
ふう、と一呼吸。
心を無にする。
のはなは登園も抱っこ、下園も抱っこ、ディズニーランドもずっと抱っこで、正直うんざりなんだけど、のはなを抱っこできるのも今のうちだけだと思うとどうしても手は抜けない。
たいきは、先週ずっとのはなが抱っこされるのを黙って見ててくれた。
たいきはずっと我慢してくれた。
たいきは抱っこして欲しい。
今日だって外に出たくないのを、重い足をひきずって出てきてくれた。
よし。
抱っこだ。
「のはなは、今日はベビーカーね」
のはなが何かわめいているけど聞こえないふり。
ベビーカーを引っ張ってくるとひときわ大きな声をあげて泣いたけど、しかたないの。
そういう日もあるの。
ぎゃんぎゃんわめいてのけ反るのはなを抱っこして無理矢理ベビーカーに押し込み、傘を持たせると意外と大人しくなった。
どっこいしょ!っとたいきを抱き上げる。
私の腕でかかえてる重さが半分、たいきが首にかじりついてる重さが半分だ。
腕も腰もつらい。
そして、暑い。
ベビーカーまで、重い。
「重いから少しだけだよ」
「ずっとは無理だよ」
「どこかから歩いてね」
言いたいことはたくさんあるけど何も言わず歩き出す。
たいきも黙ってしがみつく。
これは、根比べなのだ。
たいきは、お父さんが抱っこしてくれるか見てるのだ。
ここで応えなきゃ、どこで応える。
そういう気持ちで、足を進める。
途中、ずり落ちてきたたいきを抱え直すこと3回。
最後の角を曲がったところで、
『もういい、げんきがさんじゅうたまった』
といってたいきは降りると、そのまま駆け出していった。
「うわぁ。たいちゃんはびゅーんって走って行っちゃったね。のはなも走る?」
と聞くと、のはなはこちらを振り返って
『がっこ』
うん。
のはなさんもよく我慢してくれました。
ありがとう。

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