PVアクセスランキング にほんブログ村

与えるばかりが家族じゃないんだ

お父さんであること, 日記

どうも仕事であちこち歩き回ったせいか、昨夜は猛烈に眠たかった。

たいきの寝かしつけ。

たいきは私の隣の布団にはいる。

バッハが聞きたいというのでいつものジャンドロンの無伴奏チェロをかける。

この時点で私はもうすでに半分寝てる。

いや、いかん。

このあと洗濯物を干さなきゃならんのだ。

頭を降りながら布団の上に座る。

『おとーしゃんもごろーんして!』

「お父さん、すごく眠たいんだけどこのあとこ洗濯しなきゃいけないから、まだ寝られないんだよ」

と、答えながら半分寝落ちしてる。


しばらくすると

『おとーしゃん、ねないで』

たいきの声で目が覚めた。

寝落ちしたらしい。

「うん、ありがとう」

『おせんたくしなきゃいけないんでしょ』

「そうなんだ。ありがとう」

またしばらくすると

『おとーしゃん、ねないで』

うむ。

また寝落ちしたか。

いや。

それはそれとして、たいき、早く寝てくれ。

「ごめんね。ありがとう。たいきもお目々つぶってね」


『おとーしゃん、おせんたくしてきていいよ』

え。

ええ。

そうか。

そういえば、たいきは一人で寝られるんだった。

どうしても、たいきが寝るまでそばにいてやりたいなんて。

「いいの?」

『いいよ。たいちゃん、ひとりでねられるから』

ああ、そうか。

たいきは、お父さんのことを考えてくれているのか。

私がたいきのために何かをしてやる。

そういう間柄だと思っていたけれど。

たいきが私のために何かを考えて、何かをしてくれるということもあるのか。

そうか。

なるほど。


私は暴力を受けて育ったせいか、人に愛されるということについて実感を持つことがとても難しい。

有り体に言えば、自分が相手の役に立っていないと捨てられるのではないかという強烈な不安がいつも付きまとう。

相手に何かをしてもらうということにとても強い心理的不安を感じている。

奥さんには、これでもかなり甘えられるようになった。

いや。

奥さんからすれば「甘えすぎでしょ」って思われているかもしれないし、いいかげんにしろよと思われているかもしれないけれど。

まあ、少なくともいつもそんな風に思いながら生きている程度には、甘えることに不安を感じているのだ。

どのくらい甘えると甘え過ぎなのか。

どのくらい甘えると捨てられるのか。

私にはそういうことがわからない。


たいきが、私のために「洗濯してきていい」と言ってくれた。

「一人で寝られるから」、と。

なんか、どう消化していいかわからない。

さすがに、たいきに捨てられるとは思わない。

まだまだたいきにはお父さんが必要だろう。

でも、たいきもお父さんのことを考えてくれるのか。

そうか。

そうなのか。

なるほど。

たいきの言葉に甘えることにした。

たいきは私がいなくなったその後すぐに、奥さんのベッドに移動したらしい。

やっぱり寂しかったのかな。


とにかくたいきのおかげで洗濯物は干せた。

たいきにありがとう、だ。

まだこの話を総括するような理解はできないけど。

少しずつ、何かが私の中でも変わっていってくれるのかもしれない。

にほんブログ村 子育てブログ 幼児育児へ
にほんブログ村
==================

↑↑↑
ランキング参加中。応援ありがとうございます。

ブログをメールでフォロー ↓ ↓ ↓