うちの次男坊
たいきは、べーん!とか、ばしーん!とかいって、私のことを打ってきたりする。
うんちー!うんちー!うんちー!なんて叫びながら道端でゲラゲラ笑っている。
変な顔をしておどけてみせたり、おかしなダンスを踊ったり。
とにかく明るい。
幼稚園なんかに通っていた頃私がどういう子供だったのか、私自身には記憶がない。
しかし、なんとなくだけどもう少しおとなしかったような気はする。
わからないけど。
一方で、私の記憶の中の幼かりし日の弟は、まさにこんな感じだった。
おかしなことを言って、おどけて見せて、ゲラゲラ笑って。
たいきを見ていると、顔が弟にそっくりなこともあって、昔の弟を見ているようでとても懐かしい気持ちになることがある。
私はたいきが生まれたとき、長男みたいに育てたくない、と思った。
できれば次男みたいに育てたい、と。
長男はこう、次男はこう、と世の中をざっくり決めつけるのは良くないかも知れないけど、まあそれはそれとして。
語弊があるなら、私みたいに育てたくない、弟みたいに育てたい、でもいい。
一番上の子というのは、どこか無駄にいい子だ。
そして、どこか親の顔色を伺っているようなところがある。
なんというか、屈託があるのだ。
それがなるべくないように育ってほしいと思ってきた。
のはなが生まれてからは、ますますそのことに気をつけてきたつもりだ。
親の顔色を伺わせないように、我慢させないように、理不尽に叱らないように。
残念ながら、たいきはとてもいい子だ。
本当に残念だ。
色んなことで気を遣ってくれるし、我慢もしてくれる。
空気だって読んでくれることは多い。
もっともっともっともっと、わがままに生きてほしい。
そう思うことも多い。
しかし一方で、冒頭書いたように屈託なくくだらないことを言ったり笑ったり。
そういうことも開け広げにできるようでもある。
たいきがそういうことをしている顔を見ているとき、思うのだ。
まだ大丈夫。
たいきはまだオレみたいにはなってない。
まだ大丈夫だ。
たいきはオレより自由に生きられる。
このまま。
このまま。
と。

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