最低の人間の証明
数日前。
私はたいきにソファのクッションを投げつけた。
私の手を離れたそれは、たいきの頭をかすめて飛んで行った。
今考えれば、そんなことをしなきゃいけないようなほどのことは何もなかったはずだ。
ただ、私がつまらないことでたいきに強烈にイライラしてしまったのだ。
本当に自分が嫌になる。
たいきは驚いた顔で私の顔を見て、それから泣き出し、お母さんに
「おとうしゃんが、たいちゃんのあたまにどーんてした~」
と、近くにいたお母さんのところに泣きついた。
たいきに「お父さんがたいきに痛いことをしたらお母さんに言うんだよ」と言っていたのを実践してくれたのかもしれないし、すぐそばにいたから当たり前にそうしたのかもしれない。
私はまだイライラしていたけれど、奥さんがちゃんとたいきを抱きしめ、慰めてくれた。
それから、たいきはおもちゃのラッパを拾って私の背中の方に駆けてきて、ラッパを持った右手と、何も持っていない左手で私の背中を何度もたたいた。
10回くらいたたかれたところで、ラッパを取り上げた。
たいきはまた、ひときわ大きな声で泣いた。
それからしばらくすると、たいきは気を取り直したらしく、ソファに座る権利をかけて私の寝室でたたかいごっこの勝負しよう、と言い出した。
たいきが倒れたらたいきの勝ちで、お父さんが倒れてもたいきの勝ち、という大変不利な条件ではあったけれど、もちろんその決闘の申し込みを受け入れた。
夜、たいきと二人で風呂に入っているときに、機嫌よく遊ぶたいきに聞いた。
「たいき、お父さんがさ、今日、たいきにクッションをぶつけたでしょ。」
たいきは怒られると思ったのか、怖かったのを思い出したのか、少し表情をこわばらせて
『うん』
と答えた。
「痛かった?」
『いたくはなかった。こわかった。』
「そうか。怖かったんだね。お父さんがいけなかったよ。ごめんね。」
『おとうしゃん、もう、こわいことしないでね』
「うん。もう怖いことしないよ。約束する。」
『うん』
『お父さんがどーんってしたって、お母さんに言えて偉かったね。ありがとう。』
「おかあしゃんに、おとうしゃんがどーんってしたって、いったよ」
『うん、すごく偉かったよ。ごめんね。ありがとう。』
その晩、寝かし付けをしているときにも、たいきは
『おとうしゃん、もうこうわいことしないでね』
ともう一度念を押した。
もうしないよと、指切りをした。
とにかくだめだ。
こんなことじゃほんとにだめだ。
同じようにイライラするようなことは、これからもっともっと増えるに違いない。
二度としないように、自分が切れやすいんだってことを、強く強く自覚しなければ。
何があっても、口で言うだけ。
絶対に手は使わない。
改めて誓う。

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