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子供に教えること、子供が学ぶこと

子育てを考える, 日記

たいきは注射が嫌いじゃない。


おい。

ちょっと待て。

昨日の日記と読み比べた人は、そう言うだろう。

私も驚いている。

今朝判明したのだ。

たいきは注射が嫌いじゃないのだ。


昨夜、

「明日は病院に行くんだよね」

と言ったら、たいきは

「やったぁ!」

と言っていた。

なんだなんだ、と思いながら迎えた今朝。

予約は9時。

いつも通りの時間に起きて、たいきに病院に出かける旨を伝えて着替えさせた。

『きょうはなんようび?』

「土曜日だよ」

土曜日に病院に行くと伝えてあったからか、納得し、テンションが上がる。

嫌がらないことに驚いた。


病院までの道すがら、なにやらポケモンの進化について教えてもらう。

たいきは楽しそうに話しているのだけど、こちらは今までの予防接種で大泣きしたり暴れたりしたことを思い出してちょっとブルーな気持ちになっている。

病院につく。

いつもは嫌がる検温も嫌がらない。

あんまり注射注射いうのもなんかいやなのであんまり言わないようにはしているのだけど、それはそれとして、おびえた様子は全くない。

今まで病院に行くときは、嫌がるたいきに

「今日は注射じゃないから」

と言って納得させて来たのに。

何なんだろうと思いながら待合室で過ごしていると、看護師さんに名前を呼ばれた。

たいきは元気よく

『はーい!』

と言って、踊るような足取りで診察室に向かう。

欣喜雀躍、とはこういうことだろうか。


先生の前で私の膝の上に座る。

まずは聴診器でモシモシ。

そしておくちをあーん。

「うん。大丈夫ですね。じゃあ、今日は左腕に打ちましょうか」

と言って先生が注射器を取り出した。

いよいよだ。

たいきの姿勢を変えて、左腕をむき出しにする。

看護師さんがやってきてその左腕をおさえながら

「お父さんもしっかりおさえていてください。特に右手が出てこないようにお願いします。」

大体、こうやって押さえつけられると泣くのだ。

注射を打たれることに勘づいてなのか、おさえられるのが嫌だからなのかはわからないけど。

しかし、泣かない。

それどころか、一切抵抗しない。

というか、体にこわばった様子も感じられない。

先生が注射器を準備して、針を上に向けて持つ。

それが腕に近づいてくるのをたいきはじっと見ているようだった。

ようだった、というのは、私はたいきを後ろから抱いているから顔は見えないのだ。

しかし、なんというか、微動だにしない。

力も入っていない。

腕に針が刺さり、ピストンが押し下げられ、先生が針を抜いても、たいきは体をこわばらせることも息を止めることもなく、ただ静かに座っていた。

呆気にとられる私を横目に、先生も看護師さんも

「たいきくんがんばったね~」

とほめてくれたが、たいきはそれを気にする風でもなく、飄々としている。

そして二人にちゃんと

「ばいばい、ありがと」

と言って、待合室の方にかけて行った。


とにかく不思議でしょうがない。

もちろん泣かせたいわけではないので、泣かなかったのはとても良いことなのだけど。

しかし、恐怖とか緊張とか、そういうものも一切感じなかったのは何なのだ。

作戦活動前にハシッシュ(大麻)をキメたアサシンでもあるまいし。

確かに前回の注射からずいぶん時間が空いていたのは事実だけど。

それにしたって、理解不能だ。

病院のドアを出ながら、たいきに聞いてみた。

「たいき、注射怖くなかったの?」

するとたいきがこちらを向いて、諭すように口を開いた

『あのねぇ、ばいきんまんは、ちゅうしゃきらいなんだよ!』


ははぁ。

なるほど。

そういうことか。

大げさなようだけど、これが「学習する」ということか。

私は見てないけど、きっとYouTubeの動画でバイキンマンが注射が嫌だといって大騒ぎするような動画があるのだろう。

もちろんオリジナルのアンパンマンではなくて、YouTuberさんがやってる人形劇のやつだ。

一応聞いてみる

「アンパンマンは注射嫌いじゃないの?」

『あんぱんまんとかぁ、どきんちゃんとかはぁ、ちゅうしゃ、きやいじゃない』


たいきに

「注射は怖くない、注射は大切だ、注射はたいきのためだ」

などと一生懸命教えたところで、こんな風にはならなかっただろう。

でも、たいきは知っていたのだ。

注射を怖がるのはダメなやつだけで、本当は注射は怖くないんだということを。

誰に教えられたわけでも諭されたわけでもない。

見慣れたYouTubeのアンパンマンやバイキンマンがそう言っているのを見て、自然とそれを覚えたのだ。

門前の小僧、習わぬ経を読むというやつだ。


もちろん、生活する中で色々なことを教える。

帰ってきたら手を洗うとか、本を踏んじゃいけないとか、のはなのおもちゃを取っちゃいけないとか、ソファーでアイスを食べないとかだ。

そして、身についたこともたくさんあるし、何度言ってもダメなことも山ほどある。

しかし中でもただのルールならともかく、注射が痛いとか、そういう根源的な恐怖に関わることは、泣くなと言っても無駄だし怖くないと教えたって意味がない、と思っていた。

大切なことだと説明はするけど、恐怖は取り除けない、と思っていたいうことだ。

今日起こったことは、それが、教えることは無理でも学ぶことは可能だった、ということだ。


そういえばたいきはお友達にも、のはなにも、よくおもちゃを貸してやる。

それに、意地悪なことはあんまりしない。

しても「それは嫌がってるからやめて」と言えば大体すぐやめてくれる。

そういうことも、YouTuberさんがアンパンマンたちを通して教えてくれてたんじゃないだろうか。


親が教えることには限界がある。

保育園の先生、じーじやばーば、アンパンマンやポケモンやキョウリュウジャーやYouTuberさん達。

なんでもいいけど色んな大人に色んな形でかかわることで、子供の世界は劇的に広がり、色んなことを親の想像もしないレベルで学んでいくのだ。

たいきものはなも、あっという間に私なんか想像もつかないところまで行ってしまうんだろう。

頑張ったごほうびのジュースを「持って帰るとお母さんに怒られるじゃん!」と言って道端で飲むたいき
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