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子育てにおけるスマホとYouTubeとその害毒

動画, 子育てを考える

最近YouTubeで見つけた動画で「世界の奇書をゆっくり解説」というのがあって、投稿数は少ないのだけどそのどれもが面白くてあっという間に全部見てしまった。

BGMがとても良いので、のはなのお昼寝の時間にこれを見ながら抱っこしているとのはながあっという間に寝てくれるというのもとてもいいのだけど、それは今回は本題ではない。

その中でも「野球とその害毒」というのがかなり面白かった。


まあ、詳しいことはこの動画を見たり、あとはwikipediaにも紹介(「野球害毒論」)があるからそれでも読んだらいいと思うのだけど。

これがなかなかすごい。

当時の東京朝日新聞(今の朝日新聞)に、1911年に連載された特集記事みたいなものらしく、当時の一級の著名人が野球をくそみそに言うというもの。

著名人というのは、新渡戸稲造(5000円札だった人。当時の第一高等学校、今の東京大学教養学部の校長、「武士道」という本で有名)とか、乃木希典(当時は学習院の校長で、日露戦争で活躍した「乃木大将」として有名。乃木坂や乃木神社に名前を残している)とか。

ビッグネーム中のビッグネームだ。

他にも東大の医学部の偉い先生とか東京師範学校(今の筑波大学)の教授とか。

そういう人たちが「野球は卑しい人間がやるものだ」「ボールの衝撃が手から頭に伝わるから脳がおかしくなる」「右手ばかり使うので右手ばかり発達して体が壊れる」「野球選手(当時は学生野球だった)は人間として堕落していく」てなことをいう。

私は別に野球が好きなわけではないし、体の発達だの教育だのの専門家だのでもないけれど、さすがに馬鹿馬鹿しいなと思う。


どうやら当時は野球が大人気だったらしい。

夏目漱石の「それから」だったか「三四郎」だったか忘れたけれど、早慶戦のどっちがひいきだとか誰がいいとかいうことを会話するシーンがあったのもこのころだろう。

早慶戦が盛り上がりすぎて、1勝1敗からの優勝決定戦が、双方の学校と審判を務める予定だった学習院にまで脅迫状(?)が届いて、結局試合中止になったとか。

アメリカからチームを呼んで試合をやったり。

選手がやたらと女性にちやほやされるようになっていたとか。

そんな時代で。

とにかく野球人気がすごかったし、その反動で野球禁止なんて言う学校もあったという、そういう時代のことらしい。


ああ、これかあ、と思った。

祖父の時代には音楽がいかんとか、映画がよくないとか言われたりしたと聞いたことがある。

私はテレビを見ると馬鹿になるといわれて育った世代だし、ゲームも漫画もよくないものだといわれて育った世代だ。

今は、子育てをする親として、やれタブレットやスマホは中毒になるとか子供の脳に悪影響があるとか、YouTubeを子供に見せすぎるとコミュニケーション能力がどうのこうのとか、そういう「研究結果」やらまでWebで目にすることがある。

なんだかアメリカの有名な大学での研究結果だとか言って、人から紹介されたこともある。

しかし、どこかで見たような話じゃないか。

いつも変わらないのだ。


新しいものが出てきて「女子供」がそれに「うつつを抜かす」と、頭の固いというか、ただただ偏狭なおっさんたちが「これはよくない、子供に悪影響がある、まともな人間のやるものじゃない」なんてなことを言うのだ。

いつの時代も変わらないのだ。

そういえば源氏物語の中で光源氏も、当時はやっていた「小説」というものが部屋に散らばっているのを見て、女性(玉鬘)に、嘲笑しながらいうのだ。

あな、むつかし。女こそ、ものうるさがらず、人に欺かれむと生まれたるものなれ。ここらのなかに、真はいと少なからむを、かつ知る知る、かかるすずろごとに心を移し、はかられたまひて

(なんともいやなことだ。女というのは、面倒がりもせずに、わざわざ人に騙されるために生まれてきたのもなんでしょうね。本当のことなんか少ないのに、しかもそれを知っていて、こんな馬鹿馬鹿しいことに夢中になって、だまされなさって。。。)

この時代はいわば、かな文学、つくりものがたりが生まれた時代だ。

もちろんその中で一番はやったのがこの源氏物語で、その作者は女性である紫式部なのでなんとなくややこしいけど。

まあ、男は漢字(真の文字、別名「真名」)しか書かなくて、かな文字は女の読む「仮」の文字(だから「仮名」という)という時代だ。

そのかな文字で書かれた小説に夢中になるのは女性たちで、当然、紫式部はこの光源氏のセリフのようなものを実際に耳にしたんだろう。


夢中になる人への嘲笑なのか、ちやほやされる人やモノへの嫉妬なのか、理解できないものへの恐怖なのか。

全部なのかもしれないけれど。

小頭がいい人たちは、わざわざ偉そうな理屈までくっつけてディスるのだ。

理屈と鼻くそはどこにでもくっつくと言って、なんでも理屈をつけてけなそうと思えばどんな理屈でもくっつけられることになっている。

いま、スマホやら動画やらを批判している人たちが一生懸命言っている理屈のようなものも、その、どこにでもくっつくやつみたいなものなのだ。

なんとも馬鹿馬鹿しい話じゃないか。

そんなものに振り回されずに生きていきたいものだ。

泣いているたいきに追い討ちをかけるのはな
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