幼児の兄妹げんかに父親としてどう関わるのか
『だめ!』
たいきが大きな声でのはなにそういいながら、のはなが遊んでいたおもちゃ(ブロック)をとりあげる。
いつもの光景だ。
そろそろなんとかしなきゃ。
のはなもなかなか負けてはいない。
取られても取り返しに行くこともある。
どこ吹く風で遊ぶたいきの髪の毛を引っ張ったりする。
たいきはのはなを押し返したりはするけれど、髪の毛を引っ張ったり叩いたりはしない
意外と忍耐強く「いたいいたい」とは言いながらも逃げることも反撃することもしないこともある。
それなりに優しいのだ。
『だめ!』
といってたいきがのはなの遊んでいたブロックを取り上げた。
たいきはたいきで自分で大きな何かを作って遊んでいたのだ。
のはなが遊んでいたのは私がのはなのために作って上げたやつ。
のはなが真剣な顔で私の顔を見つめてきた。
どういう意図かはわからないけど、とにかく真剣な顔だった。
こういう顔ができるようになった以上、もうあんまり理不尽なことは我慢させたくない。
「たいき、それはお父さんがのはなちゃんのために作って上げたのだよ。たいきは自分で作ったおっきいやつがあるでしょ。お父さんが作るよりずっと上手に作れたやつ。大器はそっちで遊んでよ。これはのはなちゃんのためにお父さんが作ったんだから。」
そういってたいきから、たいきのとったおもちゃを取り上げて、のはなに渡した。
『だめ!たいちゃんもいっしょにあしょびたい!』
「一緒に遊ぶなら、のはなちゃんが遊んでるんだから、それをたいきも一緒に触るならいいよ。でものはなちゃんから取ったらだめだよ」
たしかにこれは、たいきのおもちゃなのだ。
しかしそんなことを言っていたら、うちにあるおもちゃは全部たいきのおもちゃなのだ。
たいきが遊んでいるおもちゃをのはなが取ろうとしたら、それをたいきが貸さないのはいい。
でも、たいきが遊んでないおもちゃでのはなが遊んでいるのを、たいきが取り上げるのはよくないとそろそろちゃんと教えたい。
たいきが必死で取り返そうとするのを、片手でさえぎる。
たいきは押されたところが痛いと言って泣き出した。
「痛かった?ごめんね」
痛かったというし、泣いてはいるのだから、そこはちゃんと謝る。
叩いたりぶつけたりしたわけではない。
たいきが一生懸命押してくるのを抑えただけだから、たいきが押した分の力しかかかってないのだ。
もちろん、ケガをしたりあざになったりするようなことはない。
今まではたいきがそうやってのはなからおもちゃを取り上げても、口では貸してあげてということはあっても、こうやって力づくで取り返すのを止めたことはなかった。
ショックだっただろう。
たいきはひっくり返って『だめだよ!』とかなんとかいいながら嗚咽する。
しかし、これは覚えてもらわなきゃしょうがないのだ。
「のはなちゃんが遊んでるおもちゃなんだから、だめじゃないの」
数分後。
一通り泣き終わってたいきは納得したらしい。
のはなが遊んでいるブロックを取り上げようとはしなくなった。
のはなは思う存分ブロックで遊べる。
と、言いたいところだけど、のはなの集中力はまだそんなに持たない。
数分も遊んだら他のものに興味が移る。
放置されているブロックを、それでもたいきは取ろうとはしなかった。
のはながまたそのブロックに戻って来て、思う存分なでまわしたりしゃぶりついたり壊したり放り投げたりする。
たいきもその横で別のブロックで遊んでいる。
いいぞ。
こういう光景が見たかったのだ。
これからも兄妹げんか(?)はしばらくは、というかずっと続くだろう。
たいきが作って飾って(?)いるブロックをのはなが触ろうとしたりもすればたいきは怒るだろうし、のはなが遊んでいるおもちゃをたいきが取ろうとすることだってまだまだずっとあるはずだ。
でもまあ、こうやって少しずつたいきも我慢することや、のはながおもちゃで遊ぶことを許容することを覚えてくれたらいいし、ある程度はのはなだって0才のころのたいきよりも我慢することが多めになってもそれはそれでいい。
のはなはのはなで恵まれているのだ。
何しろ、たいきが0才のころはこんなにたくさんのおもちゃに囲まれてはいなかった。
触っちゃいけいものはすべて大人の判断で触っちゃいけないものだったから、たいきが取り上げられたものを誰かが取り返してくれるなんて言うことも金輪際なかったのだ。
だから、多少のはながたいきに我慢させられることがあっても、それはそれで絶対に理不尽で絶対に不公平だ、ということもない。
いつもいつものはなの味方をするのはよくないと思う。
いつもいつもたいきだけに甘い顔をするのも違うだろう。
こんなことが起こるたびに、今後はどう対応するのか、毎回悩むんだろう。
とにかく、私が怒ったら負けだから私は怒らない。
それは前提として、この二人にどう関わって行くのか。
奥さんがどう関わってくれるのか(別に私と同じである必然性も必要性もないと思う)もしっかり見て、それとのバランスも考えながら、これからも悩んでいきたい。
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