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子育て世帯のリモートワークの実情を理解してほしい

ニュース関連, 日記

いよいよ夫婦で在宅勤務が始まった。

奥さんはリモートワークのために送られてきたPCのセッティングでてんやわんや。

私は私でPCとにらめっこしたり書類を作ったり。

当たり前と言えば当たり前だけど、子供二人にかまえる時間は、そんなにない。


0才ののはなもそれなりに床に落ちているおもちゃをしゃぶったり、床に落ちている洗濯物をしゃぶったり、自分の手をしゃぶったりして過ごしている。

しかしまあ、もちろん泣くときは泣くし怒るときは起こる。

抱っこすると、それがお父さんだろうがお母さんだろうが、二人が触っているPCに興味津々で、キーボードに触りたがる。

0才だから触らせないようにするのは簡単だけど、0才とはいえ一生懸命触ろうとはするのでなかなか抱っこしたまま仕事というわけにもいかない。

で、床やらソファやらに座らせると、泣くか怒るか。


在宅だろうが何だろうが仕事をしているわけなので、12時から13時までの間に子供たちと自分たちの食事の支度をして、二人にご飯を食べさせて、自分たちも食事をとる。

なかなかあわただしい。

そんなことは理解できない子供たちは、お父さんもお母さんもいるのに抱っこしてくれない、遊んでくれないということが不思議でしょうがないだろう。

のはなは泣くし、たいきだって動画に飽きれば

「こうえんにいきたい」

「かくれんぼしたい」

そりゃそうだ。


子供を保育園に預けずに在宅勤務なんて、夫婦二人でやってたって無理だ。

まだはじまって1日2日しか経ってないから、まだそれほど修羅場になったことはない。

しかし、私たちのストレスだって軽くはないし、子供たちのストレスは相当なものだろう。

何より親がいるのにかまってくれないという状況は、子供たちには理解不能に違いない。

たいきはとうとう

「あしたはおおきなすいぞくかんにいくよ!」

と宣言したし、いつも一緒にやっている夜の片づけを今日はできなかった。

これも、我慢の限界だということをよく表していると思う。

かくいう親の方も、限界を感じている人は多いだろう。

私だって限界を感じている。

奥さんは口には出さないからどうなのかわからないけれど、同じ人間だからきっと同じように疲弊していると思う。

子供と何日も昼も夜もずっと一緒に過ごすということは、それだけでも現実には夢のような生活ではないし、仕事をしながらおむつを替え、食事をさせ、お昼寝させ、話を聞き、適当な相槌かもしれないけど何かしら返事をしてやるというのは、理論上も十分破綻している。

理論上破綻していることを、なんとかこなせているように見せかけているのが今の状態で。

そのしわ寄せは、親の精神にも子供の精神にも大きな負担となっているのだ。


保育園に子供たちが集まるのが危険だからそれを止めているのは、わかる。

そういう状況だから親はリモートワークで何とかしてほしいということも、わかる。

でも、リモートワークで家に親がいて、そこに子供がいるという環境は、実は何も何とかなっていないのだ、ということは霞が関だか国会だか政府だか知らないけれど、そういうところにいるおっさんたちにはぜひ理解してほしい。

預けていない間の保育料は日割りで戻します(横浜市。ほかでもそうなのかは知らない)、というのは殊勝なことだけど。

でも、それだけで納得できる環境でもない。

保育園に預ける必要があるのに預けられないのだから、せめてその期間は保育園に払っている補助金(大体一人1か月20万ぐらいは払われているはずだ)の半分ぐらいは保護者の家庭に払うべきじゃないかと思う。

私たちは今、国や自治体や保育園に代わって、自分の仕事もしながら子供を保育しているのだから。

一人10万円ぽっちの補助金でお茶を濁されても困る。

10万円なんて、東京の一人暮らしなら1か月分の家賃にもならないし、4人家族で40万円もらったところで、4か月にならせば月10万円だ。

うちはそうなったわけではないけど、例えば仕事を失った家庭であれば、雀の涙の失業給付と10万円で4人家族が1か月暮らせるわけは全くないのだ。

今検討されている、困窮している学生に10万円支給するアイデアにしてもそうだけど、なんであいつらの考えることはいつもいつも“足りない”のか不思議でならない。


自粛、などくそくらえだ。

という気持ちはいま、ものすごく強い。

どうしても家にこもってほしければ憲法に抵触しない範囲の法律を作って命令するか、それに見合う対価を払うか、どちらかにしてほしい。

そもそも自粛というのは自分から進んで行動を慎むことを言うのであって、人に言われてすることではない。

自粛してくれ、と為政者が言うのは、行動を制限することによる責任は取らないよと言っているだけで、そんな無責任な言葉に国民が迎合する理由など本来はないのだ。

彼らが政治生命をかけて、国民の生命を守るために国民の権利を侵害する決定なり、もっともっと高いレベルの財政的なリスクを冒す決定をするのであれば、その意気に感じてこちらもそれを受け入れようという気にもなるけれど。

国民同士の助け合いはともかく、今の状況は国民が一方的に為政者を助けているだけにしか思えない。

それは国民の姿勢として一面、美しいのかもしれないけれど、それを国民に期待するのは政治とはいえないことは、政治に携わる人たち全員に理解してほしいものだ。

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