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プリンセスソフィアがやばすぎる

ディズニー, 子育てを考える, 子供に聞かせたい音楽

プリンセスソフィアを初めて見た。

第一話『プリンセスのすること』

やばすぎる。


オープニングの歌で

『必ずなるの

とっても素敵なプリンセスに』

と宣言するソフィア。

普通の女の子だったのがいきなりプリンセスになった、という話らしい。

かわいい。


第一話は、ソフィアが王子たちと同じようにペガサスに乗ってみたい、レースに出たい、という話。

たった24分のストーリーの中で、ソフィアは山ほど呪いをかけられる。

もう、これ以上無理ってくらい呪いまみれ。


ペガサスダービーに出られたら楽しいだろうな!というソフィアに、元々プリンセスであるらしいアンバー(お姉さん?)は

『明日の練習を一緒に見に行きましょう』

ソフィアは少し考えてうなずく。

私がしたいのは見学じゃなくて練習なんだけどな、という違和感。

王子達のペガサス乗りの先生(おっさん)は厩舎に歩いてきたソフィアの顔を見るなり

『プリンセス、見学席はあちらです』

そこから、アンバーや王子達から口々に

『ダービーにでられるのは王子だけ』

女の子は練習もしちゃダメってこと?というソフィアに

『だめじゃないけど、でもしないの』

『ペガサスダービーはプリンセスがすることじゃない』

『プリンセスがすることは舞踏会やおしゃれ』

『おんならしく』

『似合わないことは誰もしない』

『私達は花をつむ、窓にもたれて歌を歌う』

『僕達はスポーツ、私達はおしゃれ』

『だからあなたも私たちとプリンセスらしく』

女の子なんだから!

男の子とは違うんだから!

という言葉のシャワー。


ソフィアの思いは純粋だ。

『だけど私も空を飛べるかも』

『どんなことにも挑戦したい』

でも、この世界ではこれは、男の子はみんなやってることなのだ。

別に大それたことは言っていない。

でもそのあとも呪いは続く。

『プリンセスはそんなことをしないの』

『ソフィアにはむりだよ』

『馬に乗ったこともないし』

『乗馬服も持ってないし』


挙げ句に、ひどい嫌がらせを受ける。

いや、やった当人(先生)は嫌がらせと思っていないだろう。

ただ、残っていた馬をソフィアにあてがっただけ。

彼いわく

『残りは一頭、誰も乗りたがらない馬』

ドン・キホーテの乗馬『ロシナンテ』を思わせる、はっきりと短足、不細工な馬、ミニマスだ。

ソフィアが王子だったら、彼は同じことはしないだろう。

視聴者だって『はあ?』と思うはずだ。

でもソフィアはプリンセスだから話はこれで進んでしまう。

ミニマス本人が言う。

『勝ちたいなら他の馬に乗った方がいい』

『足が短いし翼も小さい』

『足も遅いし、気も小さいんだ』

そんなミニマスにソフィアがさらっと

『大丈夫、今のままのミニマスで完璧だよ』

と言う。

なんていい娘なんだ。


しかしまあ、駄馬は駄馬。

他の馬ができることがミニマスには出来ない。

レースの練習をするのだけど、ミニマスでは完走も覚束ない。

レースのコースの途中に高い塔のてっぺんを通るところがあるのだけど、ミニマスはその高さまで飛べないのだ。

で、また呪いをかけられる。

『やっぱりダービーはプリンセスのやることじゃないんだ』

『やっぱりこういうことは王子にはかなわないの、もうやめて。怪我をしたら大変よ』

『いい加減に諦めてプリンセスらしくしてた方がいい』


投げ掛けられる言葉も、与えられる環境も、最悪。

合理的な理由なんかない。

ただただ、ソフィアが『女の子だから』。

つまり『男の子じゃないから』だ。

いわゆる『男ボーナス』が横行する世界(参考:『ワーキングマザーサバイバル』り『稼いでいる方がエライのか 稼いでいない方が家事育児を担当するのか』

ソフィアは腐らず練習をする。

でもやっぱりだめ。

そりゃそうだ。

乗る馬が悪すぎる。

入学試験で女性であることを理由に80点減点されるようなものだ。

そして『やっぱりペガサスダービーは王子たちがやることなんだ』と心が折れそうになる。

与えられた環境が、つまり与えられた馬が悪いのだけど、それを、小さな女の子であるソフィアが『社会はこうなんだ』と受け入れようとする瞬間だ。


ディズニーは新しいプリンセスを作った。

それは、男性に依存しない、すべての女の子をエンパワーするものだと聞いていた。

しかし、こんなにはっきりと、現代の女の子たちにかけられている呪いを再現するようなやりかただとは思わなかった。

もっとなんというか、それとなくなんともなく、女の子が主人公でジェンダーロールを感じさせないようなものなのかと思っていた。

なんてこと。

もちろん、ソフィアはへこたれないんだろう。

そして最後までやり抜き、なんなら優勝するんだろう。

アニメだから、それはわかりきっている。

しかし、見ていて辛い。

世の中の女の子はみんなこれをされているのだ、ということが、見ていてはっきりわかる。

まじでやばすぎる。


本題に戻ろう。

ソフィアがその呪いに屈して心が折れかけたそのとき、お母さんが

『大丈夫よ、あなたならできる、あなたがどうしたいかが大事よ』

と、本当のことを教えてくれる。

現実の、女性差別が横行する社会ではこんな無責任でなげやりな言葉はないかもしれない。

しかし、これはアニメのはなし。

これは言わば、魔法の言葉だ。

そして、現実の世界でもやっぱり、本人がどうしたいのかが大事だし、それが最大限尊重されるべきなのだ。


レースでも色々あるけど、ソフィアは乗馬を教えてくれたジェームズの力添えもあってレースに勝つことができる。

ロシナンテ、じゃないや、ミニマスはちゃんと完走するし、敵の嫌がらせで遅れたぶんもちゃんと快走して取り戻す。

練習では一度も越えられなかった高い塔も、なんとか越えて見せる。

これこれこういう理由で勝てた、とか、そういうのはない。

でも、いいのだと思う。

そもそもソフィアがかけられた数々の呪いにも合理的な理由などない。

ひとつも合理的な呪いなどないのだ。

それを、やりたいと思ったからやれて、勝てた。

力強いストーリー、力強いメッセージだと思う。


地味だけどすごくいいなと思ったポイントがある。

それはソフィアのお父さんだ。

お父さんといってもお母さんの再婚相手の、つまり王様。

彼はソフィアがレースに出たいと言ったときに何の躊躇もなく一言

『いいじゃないか』

みたいなことをいうのだ。

そして『乗馬服がない』という話をしていると、後ろを通りかかった執事がソフィア達に一瞥もくれずに、当たり前のように

『明日お届けします』

と言う。

ソフィアを取り巻く環境は心からくそだけれど、一方でソフィアの家の大人たち(王様や執事、もちろんお母さんも)はちゃんとソフィアの気持ちを、つまり人権を認めてくれる。

社会はそうあるべきだ、というメッセージが込められていると思う。


今時の子供たちは『プリンセスのポーズ』といったら腕組みして仁王立ちするらしい。

それは、エルサやアナや、ソフィアのポーズらしい。

ディズニー、大好きだ。

この子が大きくなる頃、世の中が素晴らしい世界になっていますように。

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