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「なんで?」は「共感の保留」

お父さんであること, 日記

今朝、たいきが

おともだちのとこいきたくない

と言った。

そして、友達の名前をあげて

『◯◯ちゃんしゅきじゃない』

と言った。

私は、どっちについても

「なんで?」

とは聞かなかった。

たいきも理由は言わなかった。


「なんで?」

って聞きたくなかったのかと言われれば、もちろんものすごく聞きたかった。

何か意地悪なことでもされたのだろうかなんて、多分、親なら誰でも考えるんじゃないか。

そうだとして、もちろんけんかだからどっちが悪いというのを片方の言い分だけ聞いて決めつけるわけにはいかない。

逆に、聞いて話してくれたとして、聞いてるうちに「それはたいきが悪い」ということもあるかもしれない。

例えばおもちゃを貸してくれなかったから無理矢理とったら相手が泣いてしまってぶたれた挙げ句先生に怒られた、とか。

それは、話を聞いてみないとわからない。


でも、そんなことよりも、だ。

私はたいきが

『おともだちのとこいきたくない』

と言ったことをまずそのまま受け止めてやろうと思った。

「なんで?」

というのはつまり、理由次第では認めてやろう、という「共感の保留」に他ならない。

共感されなかったわけだから、子供は一生懸命説明しなきゃいけなくなるし、悲しくもなるだろう。

理由を聞きたいのは、私。

たいきが言いたかったのは、嫌なことがあった、ということではなくて

『おともだちのとこいきたくない』

なのだ。

それを受け止めてやれなければ、たいきは自分の気持ちを話せなくなってしまう。


これは大人だってそうだ。

よく言われることだけど、恋人が泣いてるときに「どうしたの?」「何で泣いてるの?」「それならこうすれば解決するよ」なんて言ってもあんまり有り難がられはしないのだ。

理由を話したいひとは放っておいても自分で話すのだ。

大切なのは「悲しいんだね」「辛いんだね」と共感すること。

それを聞いて安心して、そのあとのことを話し始めるひとは多い。

というか、大抵そうなる。

これは、下らない男女のコミュニケーションのテクニックみたいな本にも書いてあるし、カウンセリングのテクニック(ヘルピング、という)としてちゃんと心理学やらで教わることでもある。

たいきなんてまだ3才だから、話したいことを話さず我慢するなんて出来るわけがない。

理由を話したければ話すだろう。

しかし、もうひとつ大きな問題がある。

ヘルピングでも無理にでも理由を聞いたとして、どうするか、だ。


「なんで?」

と共感を保留されて悲しくなったたいきが、理由まで説明して、結局保育園に行かされる。

これは最悪だ。

『おともだちのとこいきたくない』

という気持ちは、理解者であるはずのお父さんから完全に無視されたことになる。

同じことなら、いったんは

「そっか。行きたくないんだね」

と共感してもらって方が気持ちは安定するに決まっている。


もちろん、行きたくないなら行かないという選択肢だってないわけじゃない。

どうしても

『おともだちのとこいきたくない』

が頑なで、しかもこれはどうも様子が変だ(ただのイヤイヤじゃない)というようなことになれば、理由なんか聞かなくたって引き返すことはできる。

もちろん、理由を聞いてそういう判断をすることだってあるかもしれない。

しかしそんな大変なことが起こっているならなおさら、

『おともだちのとこいきたくない』

と子供なりに一生懸命伝えた努力に対して、共感ではなく

「なんで?」

と保留の言葉を返すのは酷というものだ。

しかしまあ、よほどの理由じゃない限りは『今日』『その場で』引き返す判断をするのは難しいひとも多いだろう。

私だってそうだ。

せいぜい先生にちゃんと伝えるからとかなんとか言って、実際先生に事情を訴えくらいはするにせよ、不承不承行ってもらうしかないのだ。

そのときに『理由を説明したのに行かされた』と思うのか。

それとも『お父さんは気持ちはわかってくれたけど、今日は休めなかった』と思うのか。

これは大きく違うのだ。


たいきは、行きたくない理由を言わなかった。

お友達のことを好きじゃない理由も言わなかった。

しかし、泣いたりわめいたりしたわけではない。

そして、それだけ言ったら満足して、保育室には入っていった。

だから、それでいいのだ。

これがあと二回くらい続くなら、先生にも「仲悪いんですかね」くらいは聞いてみたいとは思う。

でも

『すきじゃない』

にしろ

『いきたくない』

にしろ、本当は「玄関で過ごしたい」とか「お父さんと離れたくない」とか、本意は別のところにあったのかもしれない。

理由は聞かなかったけど、保育室に行けないほどのことじゃないことはわかったので、いいのだ。

たいきはちゃんと、自分の言いたいことを言ってもお父さんが否定しないことを覚えた。

今日、理由を無理に聞いた上で保育園に無理に連れていったら、たいきはもういきたくないと言えなくなってしまうかもしれない。

今日、理由を聞かなかったからこそ、本当にいきたくない理由があるときも行きたくないと言えるし、そのときはその理由を話せるのだ。


夜、風呂に入ったときにたいきに話しかけてみた。

今日は保育園楽しかった?あの子とは遊んだの?この子はいたのかな?

慎重に、それとなく。

4番目に朝『すきじゃない』といっていたこの名前を出してみた。

『たいちゃんねぇ、ほいくえんのぉ、おしょとにでたらぁ、◯◯ちゃん、しゅきになった』

ふーん。

保育園の外に出て何があったのか、何なのか、さっぱりわからないけど、とにかく好きになったらしい。

「◯◯ちゃんのこと、好きになったんだね」

『うん、たいちゃんねえ、◯◯ちゃんとぉ、おしょとにでてぇ、しゅきになった』

それ以上のことは不明。

ここでもやっぱり「なんで?」とは聞かない。

だって、もう今は好きなのだ。

『すきじゃない』が『すき』に変わった理由なんて、聞くだけ野暮というものだ。

そして、これで私にとっては一件落着なのだ。

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