『おともだちのとこいきたくない』

お父さんであること, 日記

今日も今日とて抱っこで登園。

たいきもずいぶん重たくなった上に、おもたーいおもちゃ満載のリュックを背負っているからなおさら重い。


保育園につくと、みんながいる2階に上がらなきゃいけないんだけど。

12月頃から一旦1階の保育室に入って

『おともだちのとこいきたくない』

と言い出すのがルーチンになっている。

しかしこれは、親としてはとても心配になる発言だ。

気軽に聞き流せるものでもない。


先日Twitterで、4、5才の子が保育園で癇癪を起こして『おうちにかえりたくない』と言い出したために児童相談所に連れていかれた、という話を見た。

親としてはもちろん心外だろうし、とてもお気の毒と思うけど、保育園も児童相談所も真剣に子供のことを考えているんだろうとは思う。

幼児の発言をどこまで真剣に聞くのか、聞き流すのかというのは本当に難しい。


『おともだちのとこいきたくない』

というたいきを無理に上に連れていくということはせず、そこで通りかかる先生に挨拶したり、たいきとお話ししたりする。

そうこうしてるうちに上に上がってくれて安心する。

上に上がれば友達とわちゃわちゃするし、先生に抱っこされてご満悦だったりする。

言い出した頃はお迎えでも気をつけて様子を見るようにしたけれど、楽しそうに遊んでいる様子も見られた。

これなら大丈夫かな、ということに私の中ではなっている。

まあ、言い方が

『おともだちのとこいきたくない』

というだけで、まだお父さんと一緒にいたい、とか、そんなことなのかもしれない。


今日も例によって例のごとく、

『おともだちのとこいきたくない』

抱っこしてくれというので抱っこしてやる。

『たいちゃんねぇ、おともだちあんまししゅきじゃない』

うーむ。

とりあえず昨日一緒に帰って公園でも一緒に遊んだというお友達の名前を出してみる。

そのお友達は好きらしい。

『そっか、◯◯くんは好きなんだ』

するとたいきがお友達の名前をひとりひとり言い始めた。

6~7人のお友達の名前と、ふたりの担任の先生の名前と、栄養士の先生の名前を並べて、その人たちのことは

『しゅきなの』

だという。

えーと。

よくこんなにたくさんの名前をいっぺんに言えるようになったものだと感心しながら、一生懸命挙がった名前を思い出す。

クラスメイトの名前が二人抜けてたようだ。

その二人のことを聞いたら、ひとりは好きで、ひとりは

『あんまししゅきじゃない』

年末にはその子のことだけが好きとか言っていたお友達だ。

なんで?と聞きたくなるけど、ここは

『そうかぁ。◯◯ちゃんのことはあんまり好きじゃないのかぁ。』

と言ってみる。

たいきがどういう気持ちかわからないけど、質問は詰問に感じられる可能性があるからしない。

共感すれば、理由を言いたいなら言い始めるだろう。

たいきは特になにも言わずひとつうなずいて納得したようで、上に上がると言い出した。

お父さんにもう少しだけ抱っこしてもらっていたかっただけなのかもしれない。


たいきを抱いて階段を上がりながら何か言おうか考える。

「◯◯ちゃんとも仲良くしてほしいなぁ」

いや、違う。

「◯◯ちゃんとも仲良くできるといいなぁ」

これも違う。

何であんまり好きじゃないと言い出したのかはわからないけど、それを否定して「仲良くするのがいいことだ」なんて伝え続けると、本当に辛くなったときにそれを言えなくなってしまうかもしれない。

しかし、逆にたいきがその子にいじわるしてたりしたらそれもとても困る。

うーむ。

保育室につくと、その子もいた。

たいきを見て嫌そうな顔をするでもなく、こちらにやってきて話しかけてくる。

まあ、たいきがいじわるしてるってことも無さそうかな。

あとは、同じ子のことを何日も好きじゃないというようなら、そのときはもう少し様子を見るなり、考えよう…


これは今朝本当に話したことだし、考えたことなのだけど。

もう何回同じようなことを考えたかわからない。

3才児は色んなことを言う。

もちろん家ではおとうさんいやとか、おかあさんいやとか言うこともある。

登園中にあのこが好きじゃないとか、あの先生が嫌とかも口にすることはある。

それを聞くたびに全部真剣に考えてたら神経が参ってしまうし、真剣に対応していたらたいきはどこにもいられなくなってしまう。

3才児は3才児なりに何か気持ちを伝えたくて何か言うのだろうけど、それがその時だけの気持ちなのか、ずっとそうなのか。

その言葉は大人が言う「好きじゃない」と同じなのか、それとも別のことを伝えたくてそういう言い方になっているだけなのか。

言葉足らずなその言葉に一生懸命耳を傾け、様子を見て、考える。

誰かにいじわるされてないか、逆に誰かにいじわるしてないか。

結局毎回安心材料を見つけるまで心配して、それを見つけてほっとするの繰り返し。

そんな親心なのだ。

【解決編】

「なんで?」は「共感の保留」

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