年始の親戚の集まり

お父さんであること

ばーばの実家というか、本家みたいなところに年一回いくのだけど。

どうにも苦手だ。

おじさんやらおじーさんやらが座って酒を飲んでて、奥さんたちは台所と食卓を行ったり来たり。

やれ酒がない、あれを持ってこい、醤油が足りんと呼びつける。

若い女性をつかまえて酌をさせる。

幸いうちの奥さんは海外暮らしも長くて今は東京にいる人だからか、強いタイプだからか、そういう扱いはされていなかった。

彼らも相手を見てるのだ。

そういうところも含めてどうにも我慢ならなくて、去年は女性に混じって給仕などしてみたけど、当然あんまりいい顔はされない。

しかし、こんなものをたいきやのはなに見せたくはない。

いずれたいきは座らされ、のはなが給仕やら酌やらさせられたりするのかと思うと暗澹たる思いだ。

まあ、もちろん私がいる限りそんなことにはならないし、どうしてもそんな感じならすぐ帰っちゃって、二度といかなければいいことではあるのだけど。


義妹から聞いたはなし。

その本家のおじいちゃんが亡くなったときのこと。

おじいちゃんはなんぞの議員さんだったらしく、まあ、有り体に言って地元の名士だか有力者だかだったんだろう。

葬式にたくさんの人が来て、そのまま宴会に突入。

参加者はもちろん男性だけ。

女性は狭い台所に入って酒肴の用意と給仕。

立ち働かされるわ、酌はさせられるわで、おじいちゃんの死を悲しんだり悼んだりするような余裕はまるでなく、なんだこれと思った、と。


まあ、そういう文化の地域なのだ。

一事が万事というやつだ。

そういえば私を親戚に紹介するという宴会のようなものも以前やってくれて、それはお店でやったので少し趣は違ったけど、とりあえず男性と女性は別のテーブルになっていた。

おじさんたちの会話は熊本弁が強すぎて8割り方理解できなかった思い出。

ともあれ、奥さんも義妹もこの集まりが好きではないらしく、今年は早々に辞去させてもらう約束を取り付けた上での参加となった。


あんまり気が進まない中の訪問ではあったのだけど、結論からいうと今年は大分ましだった。

台所に立つのが女性だけなのは相変わらずなんだけど、本家のおじさんはメインの鯛を自分で炭で焼いたんだと自慢してた(どこまで一人でやったのかはアヤシイけど)し、酒も自分で取りに行っていた。

酒を無理に勧められることもなかったし、女性に酌をさせるようなこともしていないようだった。

料理も、あんまり手の込んだものではなく、皿をたくさん使うようなものではなくなっていた。

まだ3才のたいきには少し難しかったようだけど、コップをもらってくるとかごみを捨てにいくとか、そういうお手伝いのまねごとくらいはさせることもできた。

のはなはたくさんのおばさまたちに代わる代わる抱っこされてご満悦だったし、おじさんにも抱っこしてもらっていた。

ふたりともたくさんお年玉を頂いたようだ。


時代が少しずつ変化しているのかもしれないし、彼らも歳を重ねて丸くなってきてるのかもしれない。

要因はわからないけどとにかくこれなら来年も行ける。

まだまだ女性におんぶに抱っこみたいな宴会には違いないけど、来年はお吸い物もやめて茹でたり(カニとか)焼いたり(魚や肉)するものだけにして、食器も紙皿にしちゃおうなんておばさんたちが話し合っているのも聞いた。

変わるべきものは来年もどんどん変わってくれてるといいな。

おばさんから、子供を座布団に寝かせてユラユラさせてあやす技を教わった

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