負うた子に教えられて浅瀬を渡る

子育てを考える, 日記

昨日のしのつくような大雨から一転、快晴。

玄関を出るとたいきが空を見上げて

『まっしろなくも!』

と歓声を上げた。


いつもならここで

『だっこ!』

となるところ。

今日は自分で歩いていくらしい。

しばらく手を繋いで歩いていくと、やっぱり

『だっこ』

たいきを抱き上げて話しかける

『今日は気持ちいいねぇ。抱っこがいいの?』

『たいちゃん、あちゅくなっちゃったの』

ほう。

暑くなっちゃった?

走ったわけでもないのに。

しかも今日は上着は嫌だというので上着も着ていない。

気温は12度だ。


出来れば歩いてくれないかなぁと思いながら交渉のネタ探しもかねて問いかける。

『暑くなっちゃったの?』

『うん、たいちゃん、おててがあちゅくなっちゃった』

ははぁ。

確かに、繋いだ手がお互い汗ばんでいた。

そういう理由もあるのか、と思う。

『たいき、お手て、繋がなくてもいいよ。自分で走っていくか?』

『…うん!』

うわ。

やった。

たいきを下ろすと、たいきは一目散に走り始めた。

と言ってもまだまだ3才児。

早足で十分ついていける。

『う、うわぁ!早いなぁ!まってまって!』

大袈裟に驚いて見せると、たいきは振り向きもせずにげらげら笑いながら走り続けた。


しばらく進むと、たいきが手を繋ぎにきた。

信号を見ると青。

止まっている車を眺めながらたいきに手を引かれて道をわたる。

渡り終わるとたいきがもどかしそうに手を離してまた走り始めた。

そうか!

どうも、たいきが歩いてくれたのが意外すぎて私はぼんやりしてたらしい。

交差点でたいきに『手を繋ごう』と声をかけるのをうっかりした。

たいきはそんな声をかけなくてもちゃんと、交差点で道をわたるときは手を繋ぐ、といういつもの話を守ってくれた。

ぼんやりしてた自分にちょっとヒヤリとしつつ、感動。

次の交差点ではあえて声をかけない。

信号は赤だ。

『あかは、とまれだよ!』

たいきがちゃんと立ち止まって私に教えてくれた。


たいきが歩けるようになってからずっと、たいきが歩くときは基本的には私はたいきと手を繋がずに道を歩いて来た。

そのかわり、そっちには行かないで!ぶーぶー来ないか見て!道をわたるときはお手てを繋ぐよ!と声をかけてきた。

もう去年のことだったか、一度か二度、たいきが交差点に飛び出そうとしたので後ろから手を引いたことはある。(たいきが泣いていると不思議なおばあさんが現れた

手を繋いじゃえば子供と道を歩くのは簡単だ。

基本的には手を離さないことにだけ集中すればいい。

手を繋がないと、色々大変。

向こうから来る人をちゃんとたいきがぶつからないように、たいきがその人を見ているか。

車は遠くから走って来てないか。

道の反対側にたいきが興味をもっていきなりそっちに飛び出したくなるようなものがないか。

見通しの悪い交差点では車の音がしないか耳をそばだてつつたいきの頭越しに塀の上から車が来ていないことを確認して。

とにかく神経が休まる暇はない。

これが、たいきが言うことを全然聞かずに飛び出しまくる子だったらずっと手を繋いでいたかもしれない。

そしたらいつまでたってもたいきは飛び出したくてしかたなくて手を引っ張り続ける子になっていたかもしれないし、まあ、そんなこともなかったかもしれないけど。

たいきはそうじゃなかったから、ずっと道を歩くルールを言って聞かせてくることができた。


なんでもそうだけど、覚えたものを定着させるのは使うのが一番早い。

今はたいきを抱っこしていても信号のところではたいきが

『あかはとまれ!』

『あおだよ!』

と教えてくれる。

まさに負うた子に教えられて浅瀬を渡るというやつだ。

こうやって2年かけてインプットしたルールを

『赤は止まれか!たいき、教えてくれてありがとう!』

『うん!あかはとまれ!』

なんて嬉しそうに、自慢げな顔をしながら、私に教える形でアウトプットして確実に身に付けるんだろう。

怒られて身に付けるのでも、強制されて覚えるのでもない。

楽しく自尊心を涵養すらしながらルールを身に付けられたのは、きっと幸せなことだ。

青い空を見上げながらそんなことを思った。

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