のはなの 1/6 Birth Day

お父さんであること, 日記

さて、昨日は何があったっけ。

何か、これは是非書き残しておきたいと思うようなことがいくつもあったのだけど。

残念ながらひとつも思い出せない。

毎日書いておくことって本当に大事だなと思う。

昨日の私の感動は、記憶のどこかにしまいこまれてしまって、なくなったわけではないにせよ、ひょっとしたら、いや、ひょっとしなくても、おそらくはもう二度と表には出てこない。

本当に残念だ。


のはなを抱っこしたりバウンサーでゆらゆらさせたりしていると、じっと見つめられることが多くなった。

ちゃんと見ていないと機嫌が悪い。

いよいよ、視力もしっかりしてきたらしい。

今日はバウンサーでじっと私を見つめるのはなに

「どうしたの」

と声をかけたら、口をパクパクしてうーうー声を上げた。

どうもおしゃぶりが欲しいらしい。

おしゃぶりをくわえさせたらうれしそうに目を閉じた。

なんとなくコミュニケーションもできるようになってきたようだ。


たいきのときにJ.S.バッハの「無伴奏チェロ組曲」が寝かしつけに使えることを発見して、今も使っているのだけど、本当にこの曲はすばらしく寝かしつけに使える。

うちにはパブロ・カザルス、ピエール・フルニエ、モーリス・ジャンドロンの演奏したレコードがあって、あと最近聞いていないけれど多分どこかにヨーヨーマのCDがある。

カザルスのエッヂの利いた演奏よりも、ジャンドロンやフルニエの流麗な演奏のほうがいいことも分かっている。

しかし、のはなと風呂に入って、のはなに「ぞうさん」の歌を歌ってやりながら体を洗っていて、いきなり思い出してしまった。

たいきのときはベートーヴェンのソナタ「月光」「悲愴」「熱情」(ルドルフ・ゼルキン)のCDは寝かしつけで使ってはいたものの、そもそもは歌を歌って聞かせていたのだった。

あんたがたどこさ、ぞうさん、おかあさん、やまの音楽家、こぎつねこんこん、ゆりかごのうた、あかとんぼ、ななつの子、もみじ。。。

秋の歌が大目なのは、たいきが里帰りから帰って来たのが10月だったからだ。

寝かしつけで抱っこしながらずーっと歌い続ける。

これがあんまり大変だったから、人の声に一番近いといわれるクラリネットやチェロの楽曲の中で試行錯誤して、この巨匠の無伴奏チェロ組曲に行き着いたのだった。

のはなにはいきなりバッハを聞かせてしまっているけれど、もっとお父さんの歌も聞かせてやらなければなるまい、と思う。


今日は、たいきと二人でショッピングモールに遊びに行った。

そして少し早めだけれど、ケーキを買ってきてのはなの2ヶ月の誕生日を祝った。

たいきと私は生クリームたっぷりのチョコレートのホールケーキ。

生クリームがあまり好きでない奥さんには、カラメルたっぷりのケーキとガトーショコラを買って帰った。

1ヶ月のときはまだ3人は熊本にいて1ヶ月の誕生祝は出来なかったので、初めての誕生祝だ。


のはなは生まれてきて、2ヶ月。

もう体重が倍ぐらいになっている。

ものすごい成長ぶりだ。

毎日たくさんおっぱいを飲んで、うんちを出して。

無事育ってくれたのはなに感謝だ。

そして、とにかく2ヶ月前、苦しい思いをしてのはなを生んでくれた奥さん。

もちろんこの2ヶ月も大変だったと思う。

毎日おっぱいを飲ませるだけでも大変だ。

たいきは昼保育園に行っているし、夜は夜で本当によく眠るようになった。

ついこの間まで夜中に最低1回は起きていたのがうそのようだ。

しかしまあ、のはなが生まれて生活は一変した。

二人で悩むことも多いし、奥さんが一人で悩んで、解決してしまったことだってあるだろう。

今のところ事故も事件もない。

私も含めたみんなのQOLは高いままだ。

奥さんがあれこれと考えてくれているおかげ。

本当に頭が下がる。


そして、やっぱりたいきだ。

2ヶ月前。

彼は我が家で唯一の子供だった。

彼の天下だったのだ。

今だってたいきをおろそかにしようなんて思ってはいない。

しかし、のはなが泣き、のはなを抱き、のはなに話しかけ、のはなを見る。

お母さんはのはなにおっぱいだって上げる。

たいきにとってストレスがないわけがない。

泣いたりわめいたりせず、今のところグレることもない。

しかし、理屈も理由もなく、いきなりたいきの世界が変わってしまった。

この2ヶ月、一番頑張ったのはやっぱりたいきだろう。

時々「たいきはのはなちゃんのこと好き?」なんてきくと

「すき!たいちゃん、のはなちゃん、すき!」

と返ってくることもあるけれど

「たいちゃん、あんまいしゅきじゃない」

なんて返されてどきっとすることもある。

しかし、好きじゃないなら好きじゃないでいい。

たいきはたいきなのだから。


もう、のはながいなかったころ私たちがどうやって生活していたかなんてまったく思い出せない。

たいきももう、のはながいることは前提であって、いることが当然というような振る舞いぶりだ。

三人で暮らしていたときのことはもうはるか昔のことのように感じる。

たった二ヶ月だけど、のはなはしっかり成長したし、当たり前だけど、もうすっかり家族の一員だ。

しかし、たった二ヶ月なのだ。

だからどうというわけでもないけど、なんかとても感慨深い。

来月は3ヶ月のお祝い。

4ヶ月、6ヶ月、9ヶ月あたりをお祝いして、次は1歳ということになるかな。

もう1ヶ月ののはなはいない。

2ヶ月ののはなと過ごす1ヶ月はどんな1ヶ月になるだろう。

そして、のはなの成長をたいきはどうやって受け止めていくだろう。

私たちはどうやって二人を受け止め、寄り添っていくのだろう。

幸せな日々が続いていく。

 

■たいきのパパをtwitterでフォローする

■ブログをメールでフォロー

メールアドレスを登録すれば、更新の通知をメールで受信できます。

6,697人の購読者に加わりましょう

アーカイブ

カテゴリー