何もできない男に何ができるのか

お父さんであること, 夫であること

のはなが産まれた一昨日はのはなの日だった。

あれやこれや、なんだかんだ言ってのはなを抱き、のはなの話をし、のはなを眺めて一日が終わった。

昨日はたいきの日だった。

午前中に二人で奥さんの見舞いに行ったあとは、二人で午後中一緒に過ごした。

抱っこして昼寝の寝かしつけもした。

そしてようやく、今日は奥さんの日。

一人で見舞いに行き、日がな一日中、二人であれこれと他愛ない話をしながら、授乳の合間を縫ってむくんだ足や足裏のマッサージをさせてもらった。

とにかく奥さんのことが気がかりだ。

なんとこ、辛いことをひとつでも減らせないだろうかと考えている。


今日は奥さんの出産した病院の入院最終夜。

病院の食堂でディナーが振る舞われた。

立派なフレンチのフルコース。

しかもピアノの生演奏つき。

ショパンの一番有名なノクターンから始まって、前半はトロイメライや乙女の祈り、愛の夢等クラシックの名曲。

後半は戦場にかける橋やホールニューワールド、タイムトゥセイグッバイ等。

たいきにもコーンスープから始まってハンバーグ、エビフライ、オムライス、スパゲッティにデザートつきの立派なお子さまプレート。

三人で、なんとも贅沢な時間を過ごさせてもらった。


今回の妊娠出産は、つわりから始まった。

二人目の子供がほしい、ということになって3か月目くらい。

月のものが遅れていることは私も言われる前から気づいていた。

病院に行くまでもなく、つわりが始まって、奥さんは私に

「できたみたい」

と言った。

年の瀬に差し掛かる頃だ。


妊娠すると、授乳ができなくなるらしい。

授乳すると子宮が収縮してしまうので胎児に影響があるのだ。

つわりが始まって、検診にいって、最初に奥さんが取り組んだのは断乳だった。

最後の授乳は12月22日だった。

翌日の記事「そろそろ断乳かなぁ」には「色々あって」と書いてある。

早い話が、妊娠がわかったからだった。

たいきは意外とあっさりと断乳できたけれど、それでもその当日は大変だっただろう。


つわりはかなりの間続いていて、奥さんはもちろん大変そうだった。

つわりについて言えば、私にできることなどなにもない。

ただただ、代わってあげられないことを申し訳なく思うくらいしかできないのだ。

それからだんだんお腹も大きくなってきて、今度はたいきの抱っこができなくなった。

もう半年以上、たいきはお母さんに抱っこしてもらっていない。

お父さんが一生懸命抱っこしたところで、お母さんに抱っこしてもらいたい日だってあるだろう。

たいきはずっと、それを我慢してくれた。


日に日に大きくなるお腹。

つわりが収まっても、今度は腰痛や足のむくみ。

とにかく妊婦には休まる暇がない。

大きなお腹を抱えての毎日の通勤。

休日には検診。

大変だったことだろう。


出産は命がけ。

奥さんがどのくらい真剣に死を意識していたのか私にはわからない。

とにかく、思い残すことがないようにと、出産の里帰りの前に家族三人で温泉旅行に行った。

ディズニーランドとディズニーシーにも行って、ショーをたくさん見て、美味しいものもたくさん食べた。

そして、いよいよというところで奥さんは一人で熊本に里帰りした。

出陣、というところだったろうか。


それからたいきとの二人暮らしが始まった。

たいきはよく我慢してくれた。

なにしろ毎日お父さんしかいないのだ。

お父さんとご飯を食べて、お父さんと保育園にいって、お父さんと保育園から帰って、お父さんとお風呂にはいって。

あとはお母さんと少しだけLINE通話でお話をして、お父さんと寝る。

私と奥さんは、無理ならすぐにでも熊本に連れていこうと話をしていたし、義母などもすぐに私かたいきが音をあげて熊本に来るんじゃないかと思っていたらしい。

私も正直ドキドキしていたけれど、たいきは毎日を淡々と、むしろ明るく元気に過ごしてくれた。

そして今度はたいきが熊本に来てお父さんのいない生活も体験した。

じーじとばーばとお母さん。

義妹まで一緒になってたいきと遊んでくれたらしい。

たいきは、私が知る限りでは、お父さんに会いたいなどとは一度も泣いたりせずに、この二、三週間を過ごしてくれた。


あとは、陣痛が始まって、私も立ち会ったけれど、出産。

子供が出た後の体はぼろぼろだ。

悪露は出る。

骨盤はガタガタでさらしを巻いて生活。

もとに戻すための体操までして、戻るとしても半年以上かかる。

戻らずに障がいが残ることすらある。

内蔵もちゃんとした場所に戻るまで一ヶ月以上かかるらしい。

ホルモンバランスも崩れて、これから髪の毛が抜け始めるし、うつになったりする可能性もある。


生演奏の「戦場にかける橋」を聞きながら、しみじみと思った。

私はなんにもしてないなぁ。

たいきは小さい体で寂しいのをいっぱい我慢してくれた。

奥さんは文字通り体をはって子供を胎内で育て、命がけで産んでくれた。

私は何もしてない。

なーんにも。

奥さんやたいきが頑張ってくれたような苦労は何ひとつしていないのだ。

それなのに、生まれてきた子供は、奥さんと私の宝物なのだ。

なんとも、情けない話だ。

これが、男であるということだ。

妊娠、出産については本当に役に立たない。

何もできない。


これから、何ができるか。

何をするのか。

それを考えるしかない。

幸い目の前にやれることはたくさんある。

体がボロボロなのに授乳しなきゃいけない奥さんと、妹が生まれて不安一杯のたいき、そして何もできない、全ての世話をしてやらなければならないのはながいるのだ。

精一杯奥さんに尽くし、子供を愛し、全力で育てよう。

ようやく、私にもできることがたくさんあるところまで来た。

ここまで奥さんが持ってきてくれたのだから。

そんな想いを新たにした夜だった。

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