「おかーしゃんにあいたい」
保育園の帰り道、抱っこしているとたいきが
「あっちにいこう!」
とあさっての方向を指差した。
まあ、あさっての方向というか、ローソンの方向なのだけど。
そこに行かないために別の道を通ったのだ。
「行かない」
「や!あっちにいくの!」
「行きません」
「どーしょんいくの!」
「ローソンには行かないよ」
「いくの!」
「行かない」
「いくの」、「行かない」を10回ぐらい繰り返したところでたいきの声がべそかき声に変わった。
「ちょこえっぐたべたい」
「チョコエッグは昨日買ったから今日は買わない」
「ちょこえっぐたべたい」
「毎日は買わないよ」
「ちょこえっぐかうの」
「せめて明日しよ」
「あした、いや!いまかうの!」
「買わない」
「かうの!」
「買わない」
これも10回か、20回か、ひたすら繰り返す。
だんだん家が近づいてくる。
「や!おうちかえらない」
「帰るよ」
「か え ら な い !」
「帰ります」
「おうちいや!」
「おうちに帰るの」
「かえらない!」
「帰ります」
これもひたすら繰り返す。
とにかく同じことを言い続けるというこれはなんなのか。
家のドアの前でもずっとこれを繰り返す。
何しろたいきをおろさないとカバンから鍵を取り出せない。
たいきが落ち着くまでずっと家の前でだっこして
「かえらない!」
「帰るよ」
を繰り返した。
うるさかったのか、向かいの家の人が窓から顔を出して、窓を閉めた。
申し訳ない。
「おかーしゃんがいい(泣)」
「そうか、お母さんがいいね。お母さんに電話して聞いてみよう」
実際にはお母さんのほうが厳しいのだ。
と、私は思っているけど、たいきから見るとどっこいどっこいかもしれない。
お父さんは甘いものを買ってくれる。
お母さんは家で甘いものを食べていて分けてくれる。
とにかくお父さんがだめならお母さん、というわけかな。
iPadのLINEでお母さんを呼ぶけどなかなか出ない。
何回目かのコールでようやく繋がった。
しかしたいきはなんかニヤニヤして、ご機嫌そうにお母さんにおもちゃを見せたりしてる。
10分少々つないでいたけど、とうとうお菓子の話もローソンの話もしなかった。
しないならしないでいい。
お母さんの顔を見て安心したのかもしれないし、そういえばこういうときにお母さんに言っても「だめ」といわれるだけなのを思い出したのかもしれない。
最後には自分で通話を切って、自分でYouTubeを見始めた。
その後、おなかがすいたというので小さなおにぎりを作った。
数日前ご飯にふりかけ(御飯の友)をかけてやったら、ふりかけがかかっているところをうすーくとって食べるばかりでどんどんふりかけばかり減ってしまったので、今回はそのふりかけをまぜたおにぎり。
おいしかったのか、よほどお腹が減っているのか、もっともっとといってみっつも平らげた。
朝7:00前。
たいきの呼ぶ声で目が覚めた。
たいきの寝室に行くと、泣いている。
そして、寝転がったまま
『おかあしゃんにあいたい』
と、言った。
おかあさんと離れてちょうど1週間。
まあ、会いたいに違いない。
優しく抱いてやるとおとなしく抱きついてきた。
「お母さんに会いたいね」
「おかーしゃんにあいたい」
「ごめんね。お父さんしかいないね。」
泣くならたくさん泣いたらいい。
気が済むまで「お母さんに会いたい」って言わせてやろう。
たいきは、でも、お父さんに気を遣ったのか、それとも満足したのか、あるいは諦めたのか。
それ以上「お母さんに会いたい」とは言わなかった。
一応、「お母さんがいい」も含めると、先日のお風呂、昨日のお菓子、そしてこれで、お母さんに云々というのは3回目だ。
しかし今回は私がたいきに意地悪をしたんじゃなくて、ただ「お母さんに会いたい」だ。
我慢させてるかなと思うと、胸がきゅっとなる。
腕の中で大人しくしているたいきを抱きしめた。
「どーしょんいきたい!」
気を取り直したのか、ローソンに行きたいと言い出した。
そういえば昨日、私は「せめて明日にしよう」と口走った気がする。
約束は約束だ。
「チョコエッグ買うの?」
「ちょこえっぐ、いや!」
意外な反応。
「じゃあ、何が欲しいの?」
「ぷられーるかう」
プラレール(笑)
うちにはまだひとつも無い。
ローソンに売っているのかどうか知らないけど、ローソンにはミニカーも置いてあるからプラレールだってあるかもしれない。
さあ、どうしよう。
ミニカーはもうすでに20個ぐらい。
恐竜も10個ぐらいある。
ここにプラレールまで参戦してくるのはごめんだ。
困ったなぁと思いながら支度して、いつもよりはるかにはやく家を出て、ローソンに行って。
結局チロルチョコをひとつ買った。
近くの公園のベンチでおいしそうにそれを食べる。
「昨日はお菓子がまんして偉かったね。おいしい?」
必死、といっていい勢いでチロルチョコをほおばりながら、たいきは小さくうなずいた。
毎朝この公園のベンチに片ひざ立ててタバコを吸いながら鳩にえさをやってるおじいさんが今日もいて、優しい顔でそれを見ていた。
座る姿勢といい、なんとなく風体がこわい感じだったけど、何度か挨拶するうちに笑顔で目礼を返してくれるようになった。
公園でタバコを吸うなんてと最初は思っていたけど、よく考えたら普通子供のいない時間だから、そんな配慮はされているのかもしれない。
おそらくずっと昔から近くに住んでる方なんだろう。
この辺はどんどん家もマンションも建って子連れの世帯が増えているけど、こうやって昔からの方々となじんでいくことが大事だなと思っている。
チョコを食べ終わったたいきは滑り台に向かう。
リュックにつめた恐竜を全部滑らせ終わると、なんと、自分も滑り台を滑り降りてきた。
何ヶ月ぶりだろう。
「こわくなかった!」
がまんを重ねて、また少しお兄さんになったのかもしれない。
そんなことは関係ないかもしれないけど、誇らしげなたいきの顔を見ているとそんな気にもなる。
たいしたもんだなぁ。
そんなことを考えていると、滑り台の上にのぼったたいきから呼ばれた。
「おとーしゃんもいっしょに!」
やれやれ。
時計を見ると、保育園の時間まで、まだまだ時間があった。
「お父さんは腰が痛くなっちゃうからあんまり滑れないんだけど」
たいきはそんなことお構いなし。
何度も呼ばれて、何度も一緒に滑って、何度も一緒に大きな声で笑った。
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