育休明けの転勤命令、大企業による「無配慮人事」について(カネカ炎上事件)
⬛育休明けの転勤命令(カネカ炎上事件概要)
カガクでネガイをカナエル会社、こと「カネカ」を退職せざるを得なくなった方のツイートが話題になっている。
夫が育休明け2日目に翌月の転勤を命ぜられたと言うもので、新居への引っ越しの直後でもあり、転勤に応じられずに退職を選んだというものだ。
退職するのであればということで退職時期も会社に勝手に決められてしまい、有給消化すらできなかったということで、特にこの点に関しては違法な対応と言わざるを得ない。
⬛「報復人事」なのか~「無配慮人事」の影響
しかし、これから男性の育休取得が増えるにしたがって、こういう事例は増えるのではないかと思う。
このケースに関しては同社に直接聞いたわけではないので詳細は不明だが、会社側には悪意がなくてもこのようなことになってしまうケースがあるのだ。
育休をとったことに対する「報復人事」ではなく、いくつかの事情が重なった「無配慮人事」。
私は一旦、会社に悪意があるわけではないけれど異動を命じられた人が著しく不合理を感じるケースを「無配慮人事」と呼ぶことにする。
しかし「報復人事」だろうが、うっかりの「無配慮人事」だろうが、対象となった従業員が困るのは事実だし、SNSやブログを通して個人が声をあげることが容易な今、会社は「報復人事」と取られるような人事が行われないように何らかの配慮を積極的に行う必要があるだろう。
会社経営は「ヒト、モノ、カネ」と言われるように、人材というのは会社経営にとって大切なものだ。
実際、この週末の炎上事件の影響か、今日(月曜日)の午前中に同社の株価は2%以上も値下がりしている。
世の中の人は見ているのだ。
このような「無配慮人事」によってブランドを毀損され、経営や人材採用については致命的なダメージを負うことは断固避けなければならないはずだ。
まずは、「無配慮人事」がどのようにして発生するのか、私の体験から見ていこう。
⬛無配慮人事の横行する会社
私が以前人事部長を勤めていた製造業の上場企業では、3ヶ月~半年ごとに経営方針が大きく変わった。
それは、その会社が置かれた業界の中では異常と言ってもいいスピードだった。
経営者はこれを「スピード経営」と言って自慢していたし、経営にスピードが大切なのは言うまでもないことで、それ自体は批判されるようなことではない。
そのスピード経営によってその会社は他社と比べても明らかに高い平均年収を実現していたし、そのせいか、従業員の自主退社はとても少なかった。
しかし、その会社は外から見ると「人を大事にしない会社」で、人材業界では「入社してはいけない会社」として有名だった。
⬛無配慮人事の背景
その会社は上場企業としては当たり前のことだが、常に事業計画というのを作っていた。
そして、それを四半期(3ヶ月)ごとにきちんと見直していた。
事業計画には当然、人員計画も含まれるので、新しい事業計画が新商品開発を含む強気なものだと「エンジニアを半年以内に10%増やす」といった増員の計画が盛り込まれていた。
計画に従って人事は急ピッチで採用を進める。
しかし半年後、「足元の売上が想定ほど伸びない」「このままだと今年度の決算は赤字だ」ということになる。
残念ながら30年前に一世を風靡したコンシューマ向けの電気製品を作っているその会社の製品は明らかに時代の流れに取り残されており、どんな経営をしても既存製品の売上が伸びることはなかった。
⬛どのように最悪の無配慮人事は行われていたか
「人員を今月中に20%削減せよ」という経営方針が出る。
まあ、あの会社の場合は上場企業とは名ばかりの「会長」のワンマン経営企業だったから、経営方針というよりは違法だろうが不合理だろうが絶対に「ノー」の許されない至上命令だったけれど。
すると役員は現場の開発部門と製造部門(従業員の9割は開発と製造にいて、営業や管理部門には余り人はいなかった)の各マネージャーに「お前の部署で2割人を切るから誰を切るか決めろ」という指示を出す。
現場のマネージャーこそつらかったと思うが、10人なら10人の中から2人、20人なら20人の中から4人をリストアップして提出しなければならない。
とはいっても開発計画を遅らせるわけには行かない。
それが遅れれば、さらに人員削減の命令が来るか、自分自身が降格されたり退職させられたりすることは明らかだ。
そして、現場で誰を切ろうかなと考え始めたときに真っ先に名前が挙がるのは、10年も20年も一緒に開発をやってきて阿吽の呼吸で仕事ができる仲間ではなく、つい最近入社したばかりで、まだ戦力にはなっていない人材だった。
もちろん新卒も含まれる。
こうして、この会社では私が在籍した3年間で、その3年間に入社した新卒は全員、中途で入社した社員も90%以上が1年以内に退職勧奨(事実上の解雇)を受けることになった。
大半の社員を面接したのも、退職勧奨をしたのも私だ。
そのときのことは以前、詳しく下記関連記事の「日本式脱法リストラ(退職勧奨)のしかた」に書いた。
最終的には3年間で採用した数百人の従業員が数名しか残っていないのを見て、私も退職を決めたのだった。
⬛育休明けの無配慮人事
育休明けというのはこれに近いものがある。
会社としては、様々な事情で定期的に一定の人数を異動や転勤させることがある。
それは経営としては理にかなったことだ。
開発部門の人間が工場のマネジメントを経験するとか、地方の営業所にいる人材を本社に登用するとか、そういうことだ。
規模が大きくて日本中や世界中に拠点を持つような会社では、会社としての一体性の維持や人材の発掘育成のために従業員に様々な拠点での勤務を経験させる必要があるのだ。
しかし、経営幹部から現場のマネージャに「お前の部署で異動させる人材を決めろ」と言われたときに、現場のマネージャとしては自分の仕事が大変になるような人事はしたくない。
できれば今進めているプロジェクトに一番影響の無い人材を出したいのだ。
今育休をとっていて、丁度その異動の時期に復職する社員などというのは、明らかに今のプロジェクトに関係が無い。
何しろ今のプロジェクトは今いるメンバーで進めているのだ。
そのマネージャとしては、その社員を真っ先に異動者リストに載せることになる。
何しろ彼は本人の都合でプロジェクトから外れていたのだ。
⬛育休明けに転勤できない理由
私も経験したけれど、子供ができると家が手狭になる。
子供が生まれてから家を探したり引越しをしたりするのは大変だ。
そのことを知っている人は、つわりがおさまって安定期に入ったころに家探しをはじめたりする。
家を探して、決めて、実際に入居するまでに、賃貸でも2ヶ月はかかる。
新築物件の購入や、まして新築するとなれば数ヶ月は普通にかかる。
それで結局、出産前後に引越しとなる人も少なくは無い。
下手をすると「家を建ててるところなのに」ということだって決して珍しくは無いだろう。
しかも育休明けとなれば保育園も決めて、ならし保育もやって、生活のリズムも家族で話し合って組み立てなおして、でもいつ子供が熱を出すかも保育園になじむかもわからずてんやわんやしているところだ。
そんなところに「転勤してね」といわれても、「こいつは鬼か」という感想しかもてないのは、誰しもそうだろう。
⬛無配慮人事をしてしまわないために
残念ながら、大企業ではリストに載せるかどうかの判断と本人の説得は現場のマネージャが行って、結果だけを人事に報告するというようなことも多い。
その中で「異動に応じなければ退職」というのが慣行として行われている場合は、リストアップから異動の内示、拒否、退職日の決定までが現場で行われている可能性は低くない。
往々にして現場のマネージャは人事制度や法律には疎いけれど、社内の仕組みはきちんとわかっていてそこまで済ませてから人事に報告したりするのだ。
今回の件も、30年前なら、いや、10年前なら誰も何も言わなかったかもしれないし、今でも同じようなことがあちこちで横行していることも間違いない。
しかし一方で、今後は同じようなことをした会社が同じように炎上することも想像には難くない。
やっていることは必ずしも違法とはいえないかもしれないが、人情には完全にもとっている。
会社としては人事も経営もこのことを知らないうちに現場で行われたことであるにせよ、その責任を取るのは現場ではないし、採用ができなくなって困るのもその現場だけではないのだ。
異動者のリストや、場合によっては退職勧奨のリストを作るときに、育休や介護休業明けのメンバーが入っていないかをチェックしたり、そもそもそういったメンバーをリストに入れるときには本人が納得しているかを、人事も一緒になって通常よりも慎重に判断するようなルール作りが必要になっている。
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