やっぱりお母さんにはかなわない

お父さんであること

今朝は大雨で

保育園の送りがそれはそれは大変だった。

傘さして抱っこは大変だから

できれば少しでも歩いてもらおうと

たいきが濡れないように準備して

濡れた時の準備もして

いつもより膨らんだ登園バッグを肩にかけて

玄関を出たら

「だっこ!」

とうとう玄関から歩いて出ることもなく

保育園まで全部抱っこ。


会社について、そんな話をしていたら

大学生の子供がいる先輩パパさんが

「私は送り迎えしたことないなぁ」

奥さんが全部してたらしい。

まあ、世代の問題もある。

色んなお父さんがいてもいいんだろう。

でも、私は心の中で思った。


私が父親である証は

この、一日一日の

送り迎え。

一回一回の

抱っこ。

その積み重ね。

もう

何百日保育園に送り

何百日保育園に迎えに行き

何千回抱っこしたかわからない。


たいきが成長しても

体のどこかにきっと残る

お父さんの記憶。

呼ばれれば笑顔で応える

手を伸ばせば優しく抱き上げる

重い重いと言いながら

一緒に歌う歌のメロディ。

それが、たいきの父親の記憶。


私はたいきを産んでない。

私はたいきにおっぱいをあげてない。

だから、私はたいきを抱く。

母親のお腹に守られた時間。

7500時間。

せめてそれと同じくらい

私の腕の中に抱いていたいけど

毎日2時間抱っこしても

10年かかる。


たいきは歩くのが好きだ。

走るのも好きだ。

ずいぶん重たくなって

長時間の抱っこはなかなかつらい。

でも、

今日は抱っこした。

明日もきっと、抱っこする。

重い重いと言いながら

やっぱり

お母さんには敵わないなと思いながら

少しでも、長く。

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