少子化を止めるには幸せにならなければならない

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少子化の原因はいつから始まったのかについて前稿で述べた。

それを踏まえて、少子化を止めるのであれば、全てを抜本的に見直さなきゃいけない。

どうせ戻れるわけでもないのに

「昔は夫が働いて妻が家にいてどうのこうの」

なんて懐古しても意味はないのは間違いないと思いながらも、老人はそんなことを言いたがる。

しかし、前稿で見た通り、そもそもそんな時代に戻ったところで、子供を三人以上生みたい!と思える時代だったわけでは全くないわけなので、戻っても無駄なのだ。


じゃあ、どうするのか。

問題は三つある。

ひとつは男性の稼ぎの限界。

もうひとつは女性の体力の限界。

そして最後に、子供を産む性である女性に「生んでもいい、生みたい」と思えるような気持ちになってもらえるかということ。

解決策があるとすれば、男性が一人で稼ぎつつ家庭での居場所は失いながら、女性一人に家事育児をおしつけて奴隷のように使い倒すという、誰も幸せになれない仕組みをぶち壊した先にしかないことは明らかだろう。

二人で稼いで、二人で家事育児をする。

家事育児は専門の人がまとめてやれば効率はとてもよくなるから、できる限りアウトソースする。

産業の近代化なんかみんなそれだ。

作業は専門の人を作って大量生産すれば効率は劇的によくなるのだ。

そして、パートナーとしてお互いに敬意と愛情をもちつづけられるような関係を維持し続ける。

これがなければそもそも生みたいの生みたくないの以前に、子作りができない。


ここからは過激を承知で言うのだけど、とにかく今までの社会のあり方、家族のあり方、私たちの生き方では全くもってだめだったということ。

これを壊すためには何が必要なのか。

就職したら一生やめない、結婚したら一生別れない。

そんな昭和の旧弊が残っている限り社会は変えられない。

男性は家事育児をしないと奥さんに子供を産んでもらえないのだから、仕事にコミットはしない。

むしろ、ライフステージにあわせて仕事を変えなきゃいけない。

女性はそうしているのだ。

男性も同じようにしなければ、同じように家事育児にコミットすることは難しいだろう。

さもなければ、これからの女性にはあっという間に捨てられるかもしれない。

なにしろ彼女達はだんだん稼げるようになって来ている。

養育費だって今までみたいに逃げ得で済ませられるような時代ではなくなってくるだろう。

「古き良き家族的企業」なんてくそくらえだ。

どれだけの人が家族をないがしろにしていたせいで、リストラによって居場所を完全に失い、自殺したのかに思いを馳せるといい。

あるいは家に居場所がなくて仕事帰りにふらふら歩き回るみじめなフラリーマン。

何が幸せなのか。

コマとしか見られていない会社に忠誠を誓って家族に捨てられるのも人生、「会社は体だけの関係」と割りきって家族と支え会うのも人生だ。


私が女性に求めることはもっと過激だ。

女性は仕事を持ち、勇気をもって離婚するという選択肢を常に持っているべきだ。

「どうせ別れはしないだろう」

という甘えが、男性による女性のキャリアや人生の搾取を継続させる。

でも、そういう男性は捨てられるべきなのだ。

捨てられたくなかったら変わらざるを得ない。

そして彼らがそうやって変わることで、社会が変わっていくのだ。

私の知り合いには、子連れの女性と結婚した初婚男性だっているし、ステップファミリーだって知っている。

「古き良き良妻賢母」

「古き良き家族観」

なんてくそくらえだ。

なにしろその「良妻賢母」も「家族観」も、少なくとも、女性が三人子供を産みたい、生んでもいい、と思えるような人生を、女性に提供することはできていなかったのだ。

女性はもっと、幸せになることに貪欲になっていい。

そろそろそれを受け入れられる男性は増えてきていると思う。

それに当たるまで、夫を変え続けたっていいと思うのだ。

我慢するのも人生かもしれないけど、幸せを求め続けるのも人生。

どっちにしろ一度しかないのだ。

現状で諦めさえしなければ、今よりは幸せになることはできるのだ。


そして、男性も女性も少子化を進め続けた昭和の価値観を捨てて、本当の自由を手に入れたとき、社会は少子化を止めることができるかもしれない。

いや、止まらないかもしれない。

止めなきゃいけないのかという疑問だって無いわけじゃない。

でも、どうせ今のままなら止まらないのだ。

現場からかわらなければ、どうせ政治や社会なんて変わるわけがない。

政治家や大企業の経営者なんて、現実のことは何も見えていないのだ。

そもそも彼等だって、合計特殊出生率が2を超えてた時代のことなんか知らないわけだし。

それでも「日本死ね」で保育園が激増したように、現実が変わり、その声が届くことによって変わるものもある。

まあ、あまり期待するのはよそう。

変わらなければ変わらないで仕方ない。

それでも、どうせ同じことなら、せめて私たちだけでも幸せになりたいじゃないか、と思うのだ。

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