子供のためにお腹を切る代わりにできること

夫であること

うちの奥さんも数ヵ月後には二回目の出産を迎える。

私は子供のために何ができるだろう。

私は父親だから、子供のためにお腹を切ることはない。

やれと言われたらやるつもりはある。

子供のためなら、こんな腹でよかったらいくらでも切ったらいい、くらいの気持ちはもちろんある。

でも実際には出産はこれだけじゃない。

数ヵ月に及ぶつわり、妊娠に伴う心身の不調、そして数時間とか、下手をすると丸一日以上にわたる陣痛から、体に麻酔無しでハサミを入れる出産。

そして、そうじゃなければおなかをどーんと切って子供を取り出す帝王切開。

あえてやるかと言われたら、正直しり込みしてしまうかも知れない。

少なくとも、かなりの覚悟が必要だし、綺麗事じゃないだろう。

私だったら、これを奥さんの代わりにやったとしたら、相当大きい顔はするんじゃないかな。

俺はやったぞ!と。


私は出産前には大して家事はしなかった。

だから奥さんは、私が子供が出来たあと家事育児をするとは思っていなかった。

子供を可愛がるだろうとは思っていたらしいが、家事育児の実働には大して期待はしていなかったらしい。

実際、たいきが生まれたあとたっぷり2ヶ月間実家にいたのだ。

そして、とても申し訳ないのだけど、私が家事育児をするようになったのは奥さんのためではない。

奥さんのためというのももちろんないわけではない。

しかしそうではないのだ。

詳しくはこちら(虐待をするのはどういう人なのか)を見てほしいのだけど、簡単に言えば、私が家事育児をするのは、一人でそれを奥さんがやったらストレスでイッパイイッパイになった奥さんが事故を起こす可能性があると思うからで、つまりそれはたいきのためなのだ。

私にとって家事育児をするというのは、子供を守るため、という気持ちから始めたことだった。


しかし冒頭のツイートを見て、今更ながら奥さんの出産を思い出した。

それはそれは大変だった。

いや、大変そうだった。

私はとなりにいただけだから、大変だったなんて言ったら怒られるだろう。

そして、たいきの妊娠中のこと、今回の妊娠中のこともあらためて思い起こした。

つわりでぐったりしている様子を見てきたし、あんまり目の当たりにはしてないけど嘔吐だって何度もしている。

ぐったりしてるだけでも大変だけど、その状態で仕事にいったり家事をしたりたいきの世話をしたり。

私だってできる限りのことはしているつもりだけど、それでも奥さんが何にもしないで過ごせるわけでは全然ない。

何ヵ月も宿酔いみたいな状態で、過ごしてきてくれたのだ。

きっと、言わないだけで身重にはその他にも大変なことがたくさんあるに違いない。


さあ。

考えよう。

これから私は誰のために何をするのか。

誰に感謝して生きていくのか。

何をやったって、妊娠出産より大変なことなんてそうないだろう。

家事も育児も、奥さんも手伝ってくれたら御の字だ。

誰かがいっていたけれど、出産だけで、鮭なら死んでいるのだ。

皿を洗う、ご飯を作る、掃除、洗濯、エトセトラ。

めんどくさいことはある。

やりたくないときだってある。

でも、子供のために腹を切るくらいなんのその、と言ったその口で、皿を洗いたくないとは間違っても言えない。

奥さんは実際腹を切ったり別のところを切ったりしているのだ。

そのことへの感謝は、一生、絶対に忘れちゃいけない。


気持ちというのは変わってしまうし、記憶というのは薄れてしまうもの。

感謝を意識し続けることが大切だ。

幸い、子供がいてくれる。

その顔を見るたびに思い出せばいい。

だれがこの宝物を体を傷つけてまで産んでくれたのか、ということを。

それさえ思い出せば、何でもできる。

体を切る代わりになるほどのことなど、何もないのだから。

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