山本五十六方式のしつけ

子育てを考える

山本五十六という人がいたんだそうで。

どんな人だったかと言えばまあ、軍人さんで偉い人だったらしいということで。

詳しく知りたいひとはGoogle先生に聞けば大体すぐ出てくるので、詳しくは自分で調べてほしいのだけど。

あ、ちなみに五十六と書いて「いそろく」と読むの。


この人が遺した有名な言葉に

やってみせ

言って聞かせて

させてみせ

誉めてやらねば

ひとは動かじ

というのがある。

これはまあ、組織のマネジメントをするひとなら知らないとちょっと恥ずかしいということになっていて、ひとを動かす基本中の基本が31文字に詰め込まれているということになっている。

短歌と言っても古語というわけでもないから、難しい意味はない。

やってみせ、言ってきかせて、させてみて、ほめてやらなければ、ひとは動かない。

意味はこれだけ。

簡単でしょ。

あ、ちなみに山本五十六は軍隊の偉いひとなので、この「ひとは動かず」というのは基本的に「部下」のこと。

つまりこれは、部下を育てる方法についての言葉なのだ。

しつけというのは、つまり子供をある程度大人の意向に沿った行動をしてくれるように教えることなので、これが応用できる。


しかしなかなか趣深いと思う。

大人ですら、いきなり言って聞かせてもだめなのだ。

まず「やってみせ」からはいる。

やってみせるのが、教育やマネジメントの基本なのだ。

子供だって、いやむしろ子供こそ、ここが一番肝心だ。

模範をみせないと何にもわからなくなってしまう。

だから、私は絶対にたいきに暴力を振るわないし、暴言もはかない。

ぺちんと叩くことすらしない。

間違ったことをやらない、ということを自ら実践することがまずは基本だからだ。


道をわたるときに立ち止まって左右を見るとか、ご飯を食べる前にいただきますをするとか、こういう「正しいことをやってみせる」のは簡単だ。

間違ったことをしないでみせ続けるというのは、なかなか忍耐力がいる。

「そういえばお父さんはそういうことをしないな」と気づいてくれるまで、やり続けなければならないからだ。

一度でも禁を破れば、全ては水の泡。

我慢比べみたいなところはある。

そして、たいきに謝るし、たいきの前で奥さんにも先生にもお友だちにも謝る。

お礼もたくさん言う。

言いまくる。

その姿を見ているたいきは、最近よく謝り、よく礼を言うようになった。

まずは一安心だ。


そして、次の「いってきかせて」だ。

これが1歳児や2歳児にはまるで通用しない。

そのうちわかるようになるだろうが、まだまだだ。

よく、子供が小さいうちから「言ってきかせることが大事」なんていう人がいるけれど、なんの意味もない。

そりゃ、強く言われたりぶたれたりすれば子供は怖いからその場ではやらなくなるだろう。

しかし、その結果子供にストレスを与えながら、悪い見本を見せてしまっている。

ストレスは外に向かえば兄弟やお友だちへの暴力になるし、内に向かえば将来の精神疾患の種になる。

いずれにせよろくなことはない。

そして「悪い子はしかっていい、叩いていい」というどうしようもない見本を見せてしまう。

小さい子には何が悪いのかまではわからない。

自分が「相手が悪い」と思ったら、大きい声を出したり叩いたりしていいというルールが出来上がる。

これまたろくでもない。

優しく言い聞かせる分には害はないかもしれない。

しかし、特段メリットもない。

所詮、まだ言葉も認知も幼すぎて理解できないからだ。

「言い聞かせる」というのは、幼児の教育では省いていい項目だ。


とにかく、やらせてみる。

自主的に動ける環境を作ってやる。

友達と遊ぶとき、少し離れていてやる。

道を歩くときも先を歩かせてやる。

おとうさんのメガネにさわりたいなら、とにかく一度さわらせてやる。

そして、お友だちに「かして」と言えるか、「どうぞ」ができるか、注意深く見ていることになる。

なかなかすぐにできなければ、「どうぞして」なんて声がけしてもいい。

いいけど、最小限にしたい。

とにかく、自分で行動を決められる環境を作ってやるのだ。


そして、正しいことをしたら誉めてやる。

教えた通りにできたから誉めるのではない。

そんなのは猿回しの猿とかわらない。

親の顔色ばかりを気にする子供にそだてたければ、そういうやり方もいいだろう。

私はごめんだ。

そうではなくて、自分の頭で考えて行動した行動が、正しかったから誉められるのだ。

誉められた子供は「親のいうことを聞くこと」ではなくて、「自分がやったことは誉められることなのだ」ということを覚えることができる。

社会性と自主性、いっぺんに育てることができる。

これこそが、教育というものだ。


この「やってみせ」にはあんまり有名じゃない続きがある。

・話し合い、耳を傾け、承認し、任せてやらねば、人は育たず。

・やっている、姿を感謝で見守って、信頼せねば、人は実らず。

言葉の通じる大人ですらこうなのだ。

子供をしつける、言い聞かせるというのは、どうも違うとしか言いようがない。

間違ったしつけはその場だけは瞬時によくなるけど、所詮定着はしない。

それどころか、子供に対するストレスの度合いによっては虐待だし、回りのひとに迷惑をかけやすい子供になる可能性も高い。

そんなものは、つまりは大人のオナニーであって、いいことなどなにもない。

ただ「私は教えてる」と回りに言いたいだけだ。

「教える」という言葉で思考停止せずに、どうやってすぐに身に付けさせるのか、後に悪影響を及ぼさないためにどういう伝え方が必要なのか。

教えるというのはそもそも、身に付けさせることであって、身に付けさせられない指導は教えているうちに入らない。

そのことを踏まえて、考え続けなければならない。

■たいきのパパをtwitterでフォローする

■ブログをメールでフォロー

メールアドレスを登録すれば、更新の通知をメールで受信できます。

6,473人の購読者に加わりましょう