お母さんはたいきくんのことが大好きだよ
奥さんの体調が、とんでもなく悪い。
熊本でもほとんど動けなかった。
義実家での皿洗いだの、食事の支度だの、別に奥さんのかわりにやったつもりはないけれど、義両親は、私がそういうつもりでやってると思ったかもしれない。
しかし、よく仕事に行けるものだ。
家に帰ってくると倒れ込むように横たわって、じっとしている。
たいきのお迎えやお風呂は元々私がやっているけれど、家に帰ったときの出迎えもできない。
風呂からでたあとの世話もできないので、いつもはたいきに先に出てもらったりするのだけど、昨日今日はワンオペ風にやらなきゃならなかった。
たいきは浴槽に入るのが好きじゃない。
もう少し暖かかった頃は、私が体を洗っている間は洗い場で待たせてもよかったし、寒ければ先にでてもらえばよかった。
今日はそうはいかない。
寒いけど、私が体を洗い終わるまで待ってもらわなければならない。
風呂にはいってほしいなぁと思いながら、たいきに話しかけた。
「たいき、話を聞いて。」
たいきが神妙な顔をした。
テンションは伝わったらしい。
「お母さんが具合悪いでしょう。」
「うん」
長文の処理能力がどの程度あるのかわからないので、一言一言区切って話す。
「だから、今日は一緒にお風呂を出なきゃいけないんだ。」
「や、ひとりででる」
「うん。ひとりで出たいね。ごめんね。でも、お母さん、具合悪いでしょう。」
「たいのたいのとんでけ、する」
思わず笑顔になった。
たいきの頭を撫でる。
「そうだね。たいきは優しいね。痛いの痛いの飛んでいけ、ってしてあげてね。」
「うん」
深呼吸。ゆっくり話さなきゃ。
「あのね。お母さんの具合が悪いのはたいきのせいじゃないよ。」
「うん」
「たいきはなーんにも悪くない。」
「うん」
「でも、お母さんは具合が悪くて辛いんだ。」
「うん」
「お母さんはね、たいきのことが大好きだよ。」
「うん!」
「お父さんもたいきのことが大好き。たいきはお母さんのことが大好きだよね。」
「うん」
「お父さんもお母さんのことが大好きなんだ。たいきも、お父さんも、お母さんのことが大好き。」
「うん」
「だからね、お母さんが苦しいときは、二人でお母さんを守ってあげなきゃね。」
「うん」
「だからね、今日はお父さんと二人で一緒にお風呂を出よう。」
ずっとシャワーをたいきに当てていたので、暖かくて眠くなってのか、たいきはひとつあくびをした。
「いいかな。ごめんね。」
「おとうしゃんと、いっしょにでる」
なんとか交渉成立。
たいきを抱き締めた。
「ありがとう。お母さんはね、たいきのことが大好きなんだよ。お母さんは、たいきのことが大好きなんだからね。」
たいきは安心したのか根負けしてつかれたのか、頭をこてんと私の胸に預けた。
寝かしつけも私ひとり。
お母さんが寝かしつけに来てくれないのを、たいきがどう思っているのかわからないけど、たいきは素直にベッドに横になっておとなしくしている。
添い寝して背中をとんとんしながら、子守唄のかわりに「お母さんはたいきのこと大好きだからね。」と何度も話しかける。
たいきは何も答えずにじっとしていたけれど、安心したのかあっという間に眠ってしまった。
*ちなみに、交渉成立から風呂を出るまでの間にも「や!」「でる!」を何度か蒸し返され、その度に同じように説得したり、最後は無視して顔芸でごまかしたりして、結局自分の体は普段の三倍くらいのスピードで洗わざるを得なかったのは言うまでもない。
ディスカッション
コメント一覧
まだ、コメントがありません