たいきは宵闇の中で「おっぱい」と叫び続けた

日記

奥さんが風邪引いた。

もう1週間ぐらいになる。

なんとかだましだまし仕事もしていたようだけど、いよいよ辛いらしい。


いつも奥さんとたいきはふたりで奥さんの寝室で寝てる。

私は別の部屋。

最近はすっかり寝かしつけから夜泣きの対応まで任せきり。

いや、奥さんが仕事遅くなる日も結構あったので、そういうときは寝かしつけまでやる。

奥さんが寝かしつけしてるときは、大体わたしもその隣にいる。

ただ、奥さんがいると寝かしつけも夜泣きも全部おっぱいなのだ。

たいきはしっかりと「おっぱい」と言えるようになってしまった。

これに抵抗するのはなかなか大変だ。

もうおっぱいで窒息する年でもないので奥さんも仰向けにねっころがったままおっぱいを上げてる。

起きた、泣いた、おっぱいだした、吸い付いた、という一連の流れに私の付け入る隙は無い。


とはいえだ。

奥さんの具合は悪そうだし、何より声が変。

いい加減、朝までしっかり寝てもらわないと治るものも治らない。

お風呂の中で「今日はお父さんと寝ようよ」とたいきに交渉してみたけどこれは撃沈。

そのまま夜を迎えた。

とりあえずはいつも通りおっぱいで寝る。

長い夜の始まりだ。


夜中の12時を過ぎたころ。

いつも通りそれは来た。

たいきがふにゃふにゃい言い始めた。

奥さんの寝室に飛んでいくと、奥さんは寝ていてその隣にたいきが座ってぐずっている。

奥さんも私が来るのをわかっていておっぱいを出さないでいたのだと思う。

たいきも何かいつもと違うぞと思っているに違いない。

「たいき、あっちにいって一緒に寝ようか」

「いや~!とーしゃんや~!」

「おみずのむ?」

「おみじゅ、や~」

うーん。

「ミルクのもうか。あったかいミルクつくってあげるよ」

たいきがこっちを見て腕を広げた。

だっこしてくれということだ。

よし!交渉成立!


とりあえずたいきを私の布団に座らせる。

たいきはそのままうつぶせに寝転んだ。

このまま寝るかもと一瞬甘いことを考えたけど、そんなわけはないと思い直す。

毎晩ミルクをやっていたときだって、このまま寝ちゃったことなんか無いのだ。

ミルクを待っているはずだ。

牛乳を哺乳瓶に入れて電子レンジに入れる。

もう、粉ミルクではないし、いちいち消毒もいらない。

随分楽になった。

1000w、26~7秒で100ccの牛乳が大体適温に温まる。

「ピー、ピー」

という音に反応してたいきが起き上がった。


「さあ、ミルクできたよ。お布団で飲む?お父さんのおひざがいい?」

「こっち」

たいきが胡坐をかいた私のひざにすがるように上ってきて、そこに寝転ぶ。

よしよし。

それはそれでいい。

置くのは大変だけど、こっちの方が暖かいからか眠りやすい。

ミルクを飲ませながら頭をなでてやる。

まぶたが下りて、たいきは目をつぶった。

頼むからこのままミルクを飲んで寝てくれ。


残り20ccぐらいになったところで、たいきが哺乳瓶に手を伸ばした。

くそう。

眠ってない。

口から離して、哺乳瓶を少し振って「おしまい」と言って体を起こした。

だめだ。

このままお母さんのところに返したらまた起こしてしまう。

「たいき、お母さんは具合が悪いんだよ。今日はここで寝よう?」

「や。あっち」

「あっちには、きょうはいけない」

みるみる顔が泣き顔になる。

「あっち!おかーしゃん!」

「ごめんね。だめなの。」

「おとーしゃん、だめよ!あっちいって!」

「お父さんもあっちには行かない。たいきもここで寝るの」

たいきは少し黙った。

そして「うん」とうなずいて横になった。

やった!

しばらくすると寝息をたて始めた。

次は2時か、3時か。

とにかくそれまでは起きていることにする。


2時を過ぎたころ。

思ったよりも早く、たいきがせきこんで目を覚ました。

背中をさすってやるけど、だめ。

すぐに、となりにお母さんがいないことに気づいて、体を起こして座り込む。

同時に泣き出した。

「おかーしゃん!」

「ごめんね。お父さんだよ。」

「あっち!いく!」

「だめなんだ。お母さんは具合が悪いから。今日はお父さんと寝るんだよ。」

「おとーしゃん、や!だめよ!」

「うん。ごめんね。」

「おかーしゃん!ああ~ん!」

「お母さんがいいねぇ。ごめんね。」

「ばっこして!」

「うん、だっこならいいよ。」

といって抱っこする。

たいきがお母さんの寝室の方を指差す。

「あっち!いって!」

「ごめんね。あっちにはいかない。」

「やー!おっぱい!おっぱい!おっぶぁい~!!」


結局そのまま10分ぐらい泣き叫び続けて、つかれてあきらめて首に抱きついてきた。

よし。このまま寝てくれるだろうか。

しばらくゆらゆら。

しかし眠い。腕も腰も痛い。

すっかり重たくなった。

1時間寝かし付けでたち抱っこしてた頃は8キロとかそんなものだった。

いまや13キロだ。

そのまま15分くらいたったろうか。

もう限界。

たいきはおとなしいし寝息みたいな呼吸にはなってるけど、明らかにおきている。

顔は見えないけど手がまだだらーんとしていない。

でももう、申し訳ないけど立ってはいられない。

「たいき、ごめんね、すわるよ」

布団の上に座り込むと、たいきがひざから下りて泣き叫び始めた。

「こっちーや~!おとーしゃん!だめよ~!おっぱい~!」

やれやれ、振り出しに戻った。


とにかくたいきを抱きかかえる。

あっちに行きたいと暴れる。

もう、しばらく暴れたり叫んだりしてもらおうと開き直る。

どうせ他に方法は無いのだ。

たいきがあっちに行くのを止めながら寝かしつけるには、こうやって疲れてしまうのを待つしかない。

随分経った気もするし、そんなに長い時間じゃなかったかも知れない。

途中、奥さんの部屋の入り口から衣擦れの音が聞こえた気がする。

奥さんが気づいて様子を伺ったのかもしれないけど、気づかなかったことにする。

たいきに気づかれていないなら、このままなんとかしてしまいたい。

とにかく身をよじって暴れる、泣く、叫ぶ。

たいきが一番つらいと思う。

申し訳ない思で、こちらもつらい。


暴れるたいきを抱えるたまま横になっていたら、たいきの言うことが変わった。

「おとーしゃん、あっち!じゅんで!じゅんで!」

じゅんで、は「自分で」だ。

どうも、自分で寝るといっているのかもしれないと思って手をはなしてやる。

たいきは泣きやんだと思うと、枕に頭を突っ込んで、自分で寝る体制を作り始めた。

「じゅんで、ねる!おとーしゃん、だめよ!」

やれやれ、自分で寝てくれるらしい。

私が横になってるすぐ隣に、自分なりに納得する姿勢を見つけて横になった。

「おとーしゃん、おめめちゅぶってくだしゃい!」

おお。

隣に寝てていいらしい。

たいきの「おめめつぶる」は今のところ手で目を隠すことなので、両手で両目を覆ってみせる。

指の隙間から見ると、たいきも同じ格好をしている。

多分、1分も経たずに寝息に変わって手が落ちた。

スマホを見ると丁度3時。

とりあえず、このまま真横に寝ていると私のいびきでたいきがすぐに起きてしまう。

たいきの足元に移動して寝る体制を作った。

多分、次に起きるのは4時半とか5時ぐらいだろう。

さすがに眠い。

しばらくして、眠りに落ちた。


次に目を覚ましたのは朝7時過ぎ。

たいきがいない。

どうも私が寝ている間に起きて奥さんのところに行ってしまったらしい。

こればっかりは仕方ない。

とにかく奥さんにいつもよりはひとりで寝てもらえた。

たいきに、お父さんと寝るしかないこともあることも、改めて伝えられたと思う。


これが昨夜の顛末。

奥さんの具合はまだよくはなるまい。

今夜もがんばろう。