許してくれることのありがたさ

お父さんであること

私は謝るのが苦手だ。

私がまだ小さい頃、記憶もないくらい小さい頃、私の母は私を叩いていたらしい。

記憶のなかでも、何をやらかしたのかなんて何にも覚えてないけど、とにかく叱られることは私にとっては叩かれることを意味していた。

当時、別にそんなに気の強い子供でもなかった私は、叱られれば謝ったには違いないと思うけどそれでも叩かれた。

なにか理由を聞かれて、説明をして、それに対してたしなめられるとか諭されるとか、そういう形ではなかった。

そもそも何かをやらかして、それは多分例えば2歳年下の弟が泣かせたりしたのだけど、そうなった瞬間に親が飛んできてすごい形相で叱られる、というのがお決まりのパターンだったと思う。

そしてそのときに、手も出たのだ。

だから私は謝るのが苦手だ。

謝って、許してもらうということを原体験として持っていないから、どう謝ったら許してもらえるのかよくわからないのだ。


奥さんはもう忘れてしまったかもしれないけど、私は強く覚えている言葉がある。

「謝ってくれたんだから許さなきゃいけないのはわかってる」

その台詞を言った時、奥さんの顔はとても怒っていた。

そして、そのまま隣の部屋に消えていった。

許さなきゃいけないのは分かってるけど、気持ちの整理はつかないからしばらく話したくない、ということだったと思う。


なんのケンカだったかは覚えてない。

ただ私はその時、ものすごく感動した。

そうか!

片方が謝ったら、もう一方は許さなきゃいけないのか!

そんなことは考えたこともなかった。

ああ、悪いことをしてしまった。

申し訳ない。

そう思って謝ったのは確かだ。

もちろん浮気したとかなぐったとか、そういうことではないけど、何か、謝って許してもらえるとは思ってなかったことは覚えている。

だから余計に驚いたのだ。


だからいま私は、申し訳ないと思ったらなるべくすぐに謝りたい。

もちろんなかなか素直に謝れるときばかりではない。

それでも、ケンカは楽しくない。

どうせ、私が腹をたてるようなことは、翌日には忘れちゃうような、大したことのないことばかりなのだ。

そんなことで、一瞬、嫌な気持ちなったり、嫌な気持ちにさせてしまったりはするにせよ、少しでも早くそんな状態は解消したい。


まだまだ人間ができてないので全然できていないのはわかってる。

それでも、こうして文章にすることで、今後一層このことを意識できたらいいな、と思っている。

そういうわけなので、奥さん、明日からもよろしくお願いいたします。