日本式脱法リストラ(退職勧奨)のやり方

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日本の法律は、解雇が難しい。

じゃあ、どうするのか。

自分で辞めてもらうのだ。

自分で辞めてもらえれば「うちは雇用を守るいい会社です」といい続けられる。

昔いた一部上場企業で使っていたマニュアルを、実録風に紹介する。


応接室から内線をかける。

発信音を聞きながら、経歴書を見る。

相手はこの会社に25年以上勤めてるベテランエンジニア。

子供が二人で、高校生と中学生。

奥さんは主婦で、父親と同居。

「はい、田中です」

「人事です。お話があるので応接室に来てください。」

「…わかりました。すぐ伺います。」

人事の私から呼び出された人が、今、なんの話をされているのかは社員全員が知っている。

かかってきた内線番号を見た瞬間に泣き出した人もいるらしい。

いま打ち合わせ中だろうが、なんの仕事をしてようが関係なく、すぐに来いということだということも知っている。

まあ、私から電話があった時点で、もう仕事をする気は完全になくなってるだろう。

しばらく待つと、白髪混じりの真面目そうなエンジニアがドアをノックして入ってきた。

一回り以上、年上の大先輩だ。

席を勧めて、どちらともなくお互いにひとつため息をつく。


緊張した面持ちで田中さんはこちらが口を開くのを待っている。

私に呼び出されて話を聞くのは嫌だろう。

話す方だってつらい。

でも仕事だから仕方ない。

決まったことを決まった言葉で伝えるだけ。

心は要らない。

感情をシャットアウトして、口を開く。


「田中さん」

田中さんが泣きそうな顔になった。

「田中さん、今日はね、あんまりいい話じゃないんです。」

涙をこらえているのか、田中さんは目を見開いて私の顔を見ている。

「田中さん、実は会社の経営が苦しいのです。田中さんは素晴らしい技術をお持ちで、今まで会社にも社会にも大いに貢献していらっしゃった。」

まずは誉める。

「でも、残念というか、情けない話ですが、いまのこの会社の営業力では、もう田中さんの技術をお金に変えられないし、社会のためにも役立てられそうもないんです。」

毎回言ってるマニュアル通りの台詞。

淀みなく言えた。

田中さんはいまにも泣きそうだ。

目を背けちゃいけない。

暗い話をしてるんじゃないんだ。

笑顔を作る。

ここからが一番大事。

辞めてくれ、と言わなきゃいけない。

ただし、万が一録音されていたときのためにも、辞めれば、とか、退職、とかいう単語も使えない。

録音の一部だけを切り取ってマスコミにでも流されて「退職を強要してる」なんて言われたら一大事だ。

「田中さん。

なのでね、そろそろ田中さんには、うち以外の、もっと実力のある会社で、社会のためにその技術を使うことを考えてもらった方がいいかな、と。

まあ、会社としてはそう考えてる、ということです。」


田中さんが考えようが考えまいが、もちろん会社の結論は決まってる。

田中さんは今月末で引き継ぎを終えて、三ヶ月後まで有給を消化して退職。

手元のメモにはそう書いてある。

経営陣が人数とスケジュールを決めて、各部門の部門長にその人数を割り振った。

部門長は、与えられた人数分の名簿を人事に送ってきた。

その名簿に上から電話して、全員に同じ話をする。

人事なんて、嫌な仕事だ。


「うちの子が高校生と中学生で、二人とも今年受験で、しかも父がガンだということが先日わかりまして…」

田中さんが泣き出した。

「なんとか、会社に、残れない、でしょうか」

涙をこぼしながら田中さんが言う。

「お願いします。あと3年、いや、1年でも、いいんで…」

後半は大分聞き取りづらい。

田中さんは泣きながら、しばらくお父さんの容態や奥さんが介護をしてること、そんな中で子供がどう受験期を過ごしているのかなんていう話しをした。

ここは、全部話を聞くしかない。

全部話せば人は満足する。

とにかく全部黙って聞くことだ。

15分後には退職届にサインして部屋を出てもらわないと、今日中に終わらせなきゃいけない人数は決まっている。

人によっては「何日かかんがえさせてくれ」と言い出す。それは避けなきゃいけない。

何日か考えるひとは、必ず弁護士に相談する。

弁護士に相談されると非常に厄介だ。

そうなる前に、退職届にサインさせなきゃいけない。


一通り話して涙を拭いた田中さんは、スッキリした顔になっている。

まあ、みんなどうにもならないことはわかっている。

これだけ話しても途中で私が「わかりました」と言わないからには、結論は変わらないのだ。

一通り話してすっきりした顔になった田中さんに声をかける。

「田中さん。わかります。」

わかりました、ではない。

期待させちゃいけない。

「みんな大変なんです。田中さんは特に大変なのもわかりました。

ただ、だからこそ、田中さんはこんなところでくすぶってちゃいけないと思います。

その技術をちゃんと社会のために役立てて、お金にして、お子さんに背中を見せていかないと。

お分かりだと思いますが、来月以降は、うちにいてももう、田中さんにしてもらう仕事はないんです。

やってもらうとしたら、物流倉庫に転勤してもらうとか、配送やってもらうとかかなぁ。でも、そんな仕事で、会社はいまの給料は払えないですし。

田中さんとしても、それでうちに残ってその腕を腐らせてしまうような選択は、エンジニアとしてなさらないだろうと思ってます。」


田中さんは大きなため息をついた。

辞めたくないといって、本当に給料半分くらいになって、転職活動もままならないようなところ(東南アジア)の倉庫に飛ばされそうになって、泣く泣く自分から辞めた社員がいることは彼も知っている。

給料が下がったことを訴訟で訴えようにも、海外勤務ではそれも難しい。

なにより、それが終わるまでに数年かかる。

それまでは給料は半分のままだ。

訴訟すれば、下げられた方は勝てるかもしれないけれど、現実的には生活がある以上難しい。

実に卑怯な話だけど、なにか言い返されるようなら、このことを「親身になって」説明することになっている。

もっともらしいけど、半分嘘だ。

この部屋を出てすぐに弁護士に相談すれば、そんな辞令を会社が出すのは難しくなる。

それは説明しない。

それを知らない田中さんが悪い。

しかも、難しくなるとはいえ、不可能ではない。

退職を断った人には、やはり見せしめとして園くらいのことはこの会社の会長はさせるだろう。

あの人には、法律なんて関係ないのだ。


いまやめれば給料数ヵ月分の退職金を渡されるし、そうなってからではそれももらえなくなることも、彼は知っている。

エキセントリックな会長のことももちろんよく知っている。

そう言ういみでは、田中さんにはもうすでに選択肢はない。

うつむいた田中さんの頭を見ながらじっと待つ。

この時間が一番長い。

でも、覚悟を決めるために必要な時間だ。

余計なことは言わない。

長く感じる2分が過ぎて、田中さんが私の顔を見た。

「わかりました。どうすればいいですか。」


その場で退職届けに「一身上の都合で退職します」と書いてサインしてもらって、退職金の説明をして、退職のスケジュールを説明して、終わり。

最後に少し雑談をする。

少しだけ雑談をしとかないと、事務的な対応だけだと訴えられる可能性がある。

笑顔で雑談しておくことで、そう言う気持ちを完全になくしてもらうのだ。

田中さんが部屋を出たのは呼び出しからちょうど30分後。

今日は、あと8人同じ話をしなきゃいけない。

次の人の経歴書を見ながら、受話器を取った。

次は24才の北海道出身の若者。

3か月前に新卒で入社した子だ。

このやり方で、退職勧奨の成功率は99.7%。

泣いた人も怒った人も、土下座して会社に残らせてくれといった人も、みんな最後は「自分から」辞めた。

二度とやりたくない仕事。

この翌年も「うちは雇用を守る会社、人を大事にする会社です」といって新卒をとって、また同じように切っていた。

リストラの公表は一度もしていない。

あくまで、みんな「自分からやめた」だけ。

あんな会社、さっさと潰れればいいのに。

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