悪いことをした子供を殴る

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とにかく、私の親は暴力的だった。

母親は私を叩いては、叩いたせいで真っ赤になった手のひらを見せて

「ほら!叩いた方の手も痛いのよ!」

と叫んでいた。

その手のひらは確かに、それはそれは赤かった。

いろんな親族の話と記憶を合わせると、遅くとも3歳になるまでには暴力は始まっていたようだ。


たいきはいま2歳。

そうね。

そろそろ、殴ればおとなしくなるかもね。

少なくとも、殴ったらスッキリするかもしれないぐらいの悪さ、というか、思い通りにならないような行動は、確かにするようになった。

ジュースを笑顔でぶちまけたり、嫌いなおかずをつかんで投げたり、掃除機をかけようと思っておもちゃを片付けたおもちゃ箱を全部ひっくり返したり。

こっちにおいでと言ったら来てくれることもあるから、確実に言葉は通じてる風だけど、半分くらいの確率で来てくれないし。

これで、もうひとり新生児がいて、ひとりで全部面倒見なきゃいけなかったりしたら確かに地獄だろう。

私には2歳年下の弟がいる。

そういうことだ。

父は父で、そんなに頻繁ではなかったけど何度か蹴られたり叩かれたり土下座させられたりした。

怒鳴ったり足を踏み鳴らしたりして威迫することはしょっちゅうだった。

物心ついた頃には、私にとって、両親は暴力を振るう、「悪いこと」をすると許してくれない、怖い存在だった。


結局、暴力が産み出したものはなんだったのか。

もちろん、その場は収まったんだろう。

誰だって殴られるのは嫌だ。

大人しくなれば殴られないということがわかる年齢になれば、誰だっておとなしくなる。

親の気持ちもずいぶんスッキリしただろう。何しろ言うことを聞かない子を殴ったのだ。そして言うことを聞いた。

こんな快感はあるまい。

大体こういう親は、殴ったあとは、とんでもなく優しい気持ちになって、頭を撫でたり抱き締めたりするのだ。

今考えるに、これだけは絶対にやってほしくなかった。

殴る相手が敵なら自尊心も育つが、これをやられるとどうしようもない。

DVの夫が、頭が悪くて問題のある(と彼が思っている)妻に、教育と懲罰(つまり言うことを聞かせる)のために散々暴力を振るった後で、抵抗する気力もなくなった妻を抱きしめて「これでまた絆が深まったね」などとかぬかすというあれだ。

妻なら逃げもしよう。

子供は絶対に逃げられない。

逃げる場所も、逃げる力もない。

絶対に、逃げられない。

だからそういう子供は、体だけそこにおいて、心だけ、殴られても痛まない形に変形させる。

つまり、心を壊して適応するしかないのだ。

悲しい適応だ。


自分が、こんなに愛してくれる優しいお母さんを困らせる悪い子なんだということは、早々に刷り込まれる。

自分がぶたれることは正しいことなのだということは家庭のルールで、つまり彼にとっては世界のルールなので、自分は叩かれても仕方ないほど卑小な存在なのだということが、きちんと刷り込まれるわけだ。

これが、他の場所に行っても強く自分を主張できない個性に繋がり、いじめられやすい体質になる。

大人でも子供でも、いじめの対象は常に卑屈な人間なのだ。

自尊心のかたまりみたいな人をいじめるような勇気のある人間はいない。


謝る、ということがとても苦手になる。

なにしろ、謝っても許してもらえないのだ。

悪いことをする → 謝る → 体罰 → 許す

というのは「許されている」わけではない。

許すというのは、懲罰を加える前に許すことであって、体罰を加えられたらそれは許されたのではなくて罪を贖(あがな)わされているのだ。

贖った罪が許されるのは当然だ。

罪の対価を支払っているのだから。

愛というのは罰を与えずに罪を許すことであって、罪を贖わせるのは愛ではない。

謝罪というのはひとつの贖いだが、それによって許されない以上、謝罪は無意味だ。

だから、謝罪の言葉というのは少なくとも幼少気の私にとっては、ぶたれながら言わされる言葉であって、許されるために謝るという普通の使い方は身に付かなかった。

謝る、というのがどういうことなのか、私は知らないまま育った。


多分、似たような体験をした人が多いんだろう。

どうも、何か事件があったり炎上したりすると、徹底的に懲罰を与えないと気がすまない人達がいて、実際に刑法も重罰化が進んでいる。

体罰を受けた人間は、控えめに言っても、人を許すことが苦手だ。

むしろ、人を許すことができない。

その手で殴らないと気がすまないのだ。

だって、悪いことをしたら殴られて痛い思いをする。

それがルールのはずだ。

少なくとも私の親は、あの手のひらを通して、まだろくに言葉もしゃべれないころから、執拗に私にそれを教え込んだ。

真っ赤になった手のひら。

その手のひらにたたかれたわたしの体も、同じように真っ赤になっていたはずだ。

赤く付いた手のひらの跡は、体からは消えたかもしれないけれど、心からは消えなかった。


だから、私は人を許すのが苦手だ。

それを表に出していた頃は仕事も私生活も大変だった。

私も大変だったが、回りの人はもっと大変だったはずだ。

いろいろな人に迷惑をかけた。

余談だけど、あるときから、仕事でも日常生活でも、怒りの感情を一切表に出さないことに決めた。

多分、ちょっとは出てしまっていると思うけど、とにかく大きい声も出さないし罵ることもしない。

もちろん、誰にも暴力は振るわない。


私の宝であるたいきに暴力を振るうなんてことは考えることもできない。

考えもできないけど、イライラすることはもちろんある。

暴力を振るいたくなるような衝動は幼少期の体験から止めどなく溢れてくる。

それを理性で、ときに必死に、ときに割合簡単に、しっかりと抑えつける。

たいきがやる色々なイライラする行動のある程度のことに馴れて我慢することが楽になると、また新たな技をたいきが身に付けて、さらに何か我慢する技を身に着けなきゃいけなくなる。

顔だけ必死で笑顔を作りながら、また一生懸命我慢のしかたを心のなかで考える。

その繰り返し。


暴力が生み出すもの。

少なくとも今の私は、それに価値は見いだせない。

たいきは正座がうまい。

(2019年6月19日追記)

※2020年4月から改正児童虐待防止法と改正児童福祉法が施行されて正式に親による子供に対する暴力は違法行為になります。

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