雑文
徒然草の一説に
花は盛りに、月は隈なきをのみ見るものかは。
というのがある。この部分だけ意訳すると
花は満開ばかりを、月は雲ひとつかからぬ満月ばかりを見るものだろうか。
というような意味。
もちろん吉田兼好は、違うよ、と言いたい、
この後は、雨空を眺めて月を想い、あるいは部屋を閉め切って春の様子も知らぬのも、なかなか趣深いじゃないか、なんていう話が続く。
窓の下でたいきの寝息を隣に聴きながら、壁にもたれかかって何を書こうか思案していると、カーテンから差し込む光に気づいた。
おや、満月かなと思って外を眺めると、隣のマンションの外廊下の灯火だった。
秋めいてきたとはいえまだ暑いから冷気はクーラー頼み。
いつもはオーディオセットの置いてある部屋でレコードを聴きながら寝るのだけど、今日は奥さんと交代している。
仕方ないので出張に持っていく5センチ四方くらいの小さなスピーカーにスマホをBluetoothで接続してシューマンかなんかを流している。
まあ、いいじゃないか。
秋が来たと目にはっきり分かるわけでもないけれど、風の音だけは秋らしい、というあの有名な古今和歌集の短歌(注)ではないが、なんとなく窓から差す白い光と、クーラーの涼しい風と、最低のスピーカーから流れる「トロイメライ」やなんかで、すっかり秋気分だ。
虫の声だけは聞こえる気がする。
なにより隣のたいきは気持ちよさそうに寝ている。
一定のリズムで聞こえてくる寝息を聞いているときが一番幸せ。
誰がなんと言おうと、こんな秋でも秋は秋。
しかし夜も更けた。
もう寝るとしよう。

(注)
秋来ぬと目にはさやかに見えねども風の音にぞ驚かれぬる
立秋(8月上旬)に暦だけ秋になったことを歌った歌。要は、くそ暑くて秋どころじゃないけど「秋だ!」って歌わなくちゃいけなくて、風の音だけ秋かも…と頑張ってみた歌。
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