秘密のデート ~2才児と横浜美術館に行った

日記

今日は土曜日だけど奥さんが仕事。思い切ってたいきとデートすることにした。

みなとみらいの中でもランドマークタワーからクイーンズスクエアあたりなら、多少新しいものができてはいるにせよ、道順なんかで困ることも無い。コンビニの場所も喫茶店の場所もベンチの場所も全部頭に入っている。

元気に歩き始めたたいきとふたりでお出かけするなら、地図ぐらいは頭に入っているところでないとつらい気がする。

色々考えた末、横浜美術館に行くことにした。丁度、「モネ それからの100年」という特設展をやっているのも丁度いいと思った。Twitterでは「2才児に芸術なんて」というコメントもあったけれど、そもそも優れた芸術というのは子供にもわかるものなのだ。

クイーンズスクエアの4フロアぶち抜きのエスカレータ


ちょっと余談だけれど、絵画の鑑賞の仕方には3通りある。

①精密さや技術を鑑賞する(写実的で上手)

②描かれているモチーフを理解して解釈する(宗教画等)

③色使いやバランスのの美しさを感じる(デザインを楽しむ)

古代の芸術は①と③が中心で、中世、ルネサンスにかけての芸術は①~③全部の要素がある。印象派以降は③の要素がどんどん強くなって、①や②からは離れていく。

モネというのはこの印象派の人なので、語弊を恐れず言えば、何が書かれているかということにはたいした意味が無く、簡単に言えば「なんだかわからないけど気持ちいい、きれい」な絵を描き始めた人なのだ。

モネ以降も、ピカソだのダリだのという人たちはいたものの、あえて「モネ それからの100年」と謳っているからには、抽象画だのシュールレアリスムの絵だのではなく、印象派とデザインアートのようなモダンアートの展覧会なのだろうと思ったわけだ。

これなら鑑賞は「好き、きらい」で十分だし、「こわい、きれい」ぐらいの感想がもてれば上出来だ。そしてその程度の感想は2才児でも十分持てる。

まあ、仮に印象派以前の展覧会に行くにしても、美しさは芸術家がみんな目指したもの。絵本に目を輝かせる子供が鑑賞して、難しいことなど何も無い。

「体験型のところのほうが」という意見もあったけれどこれも気にしなかった。美しいものを見て「きれいだね」と話し合うのはとても素敵な体験だ。美術館に行くということを難しく考えることは無い。50枚とか100枚とか飾ってある絵から、一枚か二枚、好きな絵を見つけるだけのことなのだ。


とりあえず昼ごはんまで家で済ませて、満を持してみなとみらいに乗り込んだ。

地下3階から2階まで吹き抜けになったクイーンズスクエアの大エレベータから眺める壮観にたいきは興奮していた。

夏休み最後の週末、気温もそれ程高くないとあって、すごい人出。

「都会は人が多くて苦手」という人がいて、私も東京には同じ気持ちを持っているのだけれど、みなとみらいは別。ここは、どんなにたくさん人がいても、行き交う人全員が笑顔でいる街。観光客も、地元の人も、外国人も、みんな笑顔。

そんな明るい雰囲気に、抱っこしているたいきからもワクワクが伝わってくる。


横浜美術館の前には、深さ1~5センチぐらいの池みたいなのがあって、子供達が遊んでいた(一応、水遊び用ではないので入らないで下さいと書いてあるが、誰も気にしていない様子だった。入らないで下さい、の理由は水を消毒していないからとのこと)。

たいきは興味津々な様子でそれを見ている。

一応、ここでびしょびしょになってもいいようにタオルと着替えは余計にもってきた。

「入ってみる?」

と聞くと無言で抱っこから降りた。

ところが水際に立ったまま立ち尽くしている。しばらく見ていたが、微動だにしない。

「入らないの?」

と聞いてみたが、これはよくなかったと思う。すぐに反省した。興味があるけど怖いのだ。せかしちゃいけない。ゆっくり待てばいい。別に、ここで一日かかって美術館に入れなくたって、誰も困りはしないのだ。

とはいえ、本当に動かない。おむつ丸出しの女の子や、はだしの男の子達がキャッキャと水遊びに興じるのを、じっと見ている。

興味はあるのだ。ただ、足が動かない。

「お父さんはいってみようかな」

これが誰も入っていないような水際なら別のやり方もあるけど、目の前でもっと小さい子からお兄さんお姉さんまでたくさん遊んでいる。いまさら私が先に入ったところでたいきのプライドが傷つくことも無い。

私もこれを想定して、靴じゃなくてサンダル履きで来た。そのままの格好で、そっと水溜りに入ってみせた。

すぐにたいきも入ってきて、おそるおそる歩き始める。

足に水がかかるのが楽しいらしく、一歩歩いてはこちらを見て笑う。

もっと、いきなり水の中に座り込むとか、転ぶとか、していいのだけれど。たいきの遊びはえらく上品だ。はしゃぎまわるということも無く、着替えの必要も無かった。


そろそろ、あっちにも行ってみようか、と目の前の美術館を指差して声をかけるとたいきは勢いよく走り出した。さっきまで臆病にすら見えたたいきが、私を無視して後ろも見ずにどんどん進んでいく。

たいきは全力で走っているようだけれど、まだ私が早足で歩くよりは遅い。もう少し走れるようになると大変だろうなぁと思う。

今回は、リードはあえてもってこなかった。人ごみのエリアでは抱っこするけど、それ以外の場所では本人が手をつなぎたいといわなければ基本的には手もつながない。自分の足で自分の歩きたいところを歩いてほしい。そのかわり、とにかく目は一瞬たりともはなさない覚悟。

横浜美術館のモダンな石造りの建物は、たいきにとってもとても新鮮で気持ちを盛り上げてくれたのかもしれない。後姿がうれしそう。

入り口の前を通り過ぎたたいきに「こっちだよ」と声をかけるとちゃんと戻ってきてくれた。

チケット売り場は行列になっていた。

「じゅんばん、できる?」

「じゅんばん!」

たいきはすこしだけあちこちちょろちょろしたけれど、遠くまで行ってしまうこともないし前の人に迷惑をかけるようなこともしない。無事チケットを買って中に入った。大人一人1600円。


中ではとりあえず抱っこすることにした。人が思いのほか多く、抱っこしてないとたいきからは絵が見えなさそう。

意外と中はざわざわしていて、私がたいきに話しかける声も、たいきの返事も、ほとんど誰も気にしない。

「ほら、おおきいね~。きれいだね~。お花咲いてるね~。太陽だよ。」

適当に鑑賞のポイントをしぼってやると、とりあえずそこに目が行く。

「おっき、おはな、おひさま」

などといいながら、絵を見ていく。好きな絵があると、長く眺めたがったりもする。先に行こうとすると「あっち!」と前の絵を指差して戻れという。

たいきが3番目に気に入った絵。モネ。この絵の前を去るときには大きな声で「たいよう、バイバイ!」と言えた。

最初から、展示を全部見るつもりもない。たいきが気に入ったものをひとつでも見つけられればベストで、そんなものが見つからなくたってどうということも無い。

そんな中で、ある大きな絵の前でたいきが「あおむし!」とうれしそうに叫んだ。塗りたくられた絵の具を見てひたすら「あかいね」「きいろ」「サラミみたい」等と言う。

岡崎乾二郎、絵のタイトルは冗談みたいに長い。左右それぞれ180㎝×130㎝。壁一面。

「たいきはこれが好きかい?」

「すっき!」

「はらぺこあおむしみたいだね」

「うん!だいっき!(だいすき)」

ひときわ大きな声でたいきが返事した。近くにいた老夫婦が、実はこの人がこの絵を描いたんじゃないかと思うぐらいうれしそうな笑顔でたいきの顔を見つめてくれた。

展示室によっては、入り口に立っただけで「こわい」といって入るのを嫌がる部屋もあった。確かになんだか気持ち悪い絵ばかりだった。(常設展で、フリーダカーロの自画像のコラージュや磔刑のキリストを馬鹿にしたようなモチーフの絵がかかっていた。フリーダともかく、こんなものを私も芸術と呼びたくない。)

そんな部屋には入る必要も無いから入らなかった。一瞥して嫌い、と感じるのも鑑賞なのだ。


常設展の、ある壺の前でたいきが「ぽっぽっぽ~」と歌いだした。見ると、確かにその50センチほどの大振りな壺には、いくつも立体的なハトのオブジェが付いている。とてもリアルで愛らしい。

神妙な顔で壺を鑑賞していたおばさんが不思議そうな顔でこちらを見ていたのがおかしかった。

確かにそれは芸術作品なんだろう。

でもなぜそれが芸術なのかといえば、子供が見て「ぽっぽっぽ~」と歌いだしたくなるような、生き生きとした造詣だからで、そこに深い精神性だの制作した工程の大変さや歴史的背景なんかは関係ない。

ただただ、壺に楽しそうなハトをくっつけたおっさんがいて、それをうちの子がちゃんと受け取ったということだ。これこそ芸術だし鑑賞なんだなと思う。


美術は美術として、建物も楽しんだ。

石造りの階段を上ったり降りたり。

廊下をあっちからこっちまで走り回ったり。

たいきも随分汗をかいたけれど、わたしも足がつるかと思った。

さりげなく階段のところにダリの非常にシュールなオブジェが飾られてたりして面白い。

1時間半ぐらい美術館にいて、帰りには喫茶店に寄った。

ここも中々込んでいたけれど、うまいこと席を見つけて、たいきはアップルジュース、私はアイスティーを飲む。たいきもわたしも同じサイズ。お互い水分不足だったようで、あっというまに二人とも飲み干した。

お昼寝をしていなかったので帰りの電車ではすっかり眠ってしまったたいきを抱っこして、すこし遅めではあるがちゃんと明るいうちに帰ってこられた。

なんだかんだ、美術館のほかにもスヌーピータウンやディズニーストアに寄ったり、路上でやっていたダンスの全国大会を見たりてんこもりに楽しんだけれど、寝てしまったたいきを抱いて歩く家路が一番幸せだったりする。

夜遅く帰ってきた奥さんにたいきが一言だけ報告。

「ダンス、バイバイした」

ダンス大会は最後まで見るとだいぶ長くなりそうだったので、楽しそうにダンスに見入るたいきを最後は「たいき、ダンスにバイバイしよ」と言って中断してもらった。

これが一番印象的だったらしい。

来週は奥さんも一緒に、もう一度同じ展覧会に行ってみようと思う。

たいきが二番目に気に入った絵。マークロスコ「赤の中の黒」。たいきは「すな!」と呼んでいた。畳二枚分の大きさ。

【補足】

ベビーカー、抱っこひもの無料貸し出し有り。

入り口付近にベビーカー置くスペース有り(置くだけなので管理は自己責任)

オムツ替えできる多目的トイレは各階設置。

(2018年9月現在の情報です。現時点の対応については公式ページをご確認ください)