奥さんに逃げられた旦那さんの手紙考

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twitterアカウントも消えちゃったので誰とは言わないんだけど、奥さんに離婚を突きつけられた旦那さんのブログを見た。

その人とtwitterで少し会話したことも含めてわかっているのは

・奥さんは収入有り

・本人は若干キレやすい

・本人は元プロボクサー

・趣味が競馬で、休みの日はずっと(?)競馬仲間とのライングループとかを見てる。

・競馬にハマりすぎて家のことを顧みてなかった自覚はある

・子供は三、四人いる

その彼が、離婚を突きつけられる前後に奥さんに書いた手紙がこちら。


100%子供達のこと考えれなくてゴメン。

保育園の送迎いつもありがとう。

子供達との時間より自分の時間を優先してゴメン。

家事もいつもありがとう。

寝かしつけもいつも任せてゴメン。

喧嘩しててもご飯を作ってくれてありがとう。

友人からお金借りてて、借りたの返したと嘘ついててゴメン。

8年間ずっと一緒にいてくれてありがとう。

黙ってラーメン行ってゴメン。

君と仲直りしたいとずっと考えてたら競馬のこと全く考えなかった!ありがとう。

同僚の女性バイクに乗せてゴメン。

でも絶対に君に疑われるようなことはないです。

これからもずっと一緒にいたいです。

君と子供達とこれからも笑いたいです。

君の事が大好きです。


どうも、『ごめん』ばっかりだとネガティブになってしまうので『ありがとう』と交互にしたらしい。

一応、これを書いてみての自分なりの感想は

僕ホンマにクズやん_| ̄|○

パパの仕事も夫の仕事も何一つ果たせてない…

とはなったらしい。

なったらしいけれども、この手紙、まだまだ全然ダメ。

これも多分奥さんを怒らせるだけだったんじゃないかと、わたしは思う。


100%子供達のこと考えれなくてゴメン。

100%子供のことを考える必要なんてない。

大事なのは子供が起きてる時間とか、必要な時間に一定以上、子供を一番に考えられるか。

多分この人はいつも「なんで自分のことばっかりで子供のこと考えられないの?」なんて言われてたんだと思う。

でも彼なりには子供のことを何も考えてないわけじゃない。

ただ、競馬のこととか考えてるときにこういうことを言われてた。

だから「100%考えられなくてごめん」という言い訳がましい言い方になる。

奥さんから見れば、この人が子供のことを考えてる時間なんて、競馬やってなくて競馬仲間からも連絡が来てなくて、自分が機嫌いいときだけ。

奥さんが言ってる「子供のことを考える」というのは、子供のことを自分のことより優先することで、自分がひまなときに子供の相手をすることではない。

だから本当はここは「いつも自分のことばっかりで、子供のことを全然考えられなくて申し訳ありません」であるべきだと思う。

ちなみに、これだけやらかしてると思ってるのに謝罪の言葉が「ごめん」なのはすでにモラハラ。


保育園の送迎いつもありがとう。

やってなくてごめん、でしょうね。


子供達との時間より自分の時間を優先してゴメン。

やっと出てきた。

本当にこう思っていたらひとつめの「100%」は出てこないと思う。


家事もいつもありがとう。
寝かしつけもいつも任せてゴメン。
喧嘩しててもご飯を作ってくれてありがとう。

なんでありがとうを挟もうと思っちゃったのかなぁ。

全部謝罪でいいはずなのに。

多分この人は、「ありがとう」にしたやつは、自分がやらなければならないことだとは思ってないんだろう。

自分がやるべきなのにやってないことは謝る。

自分はやらないことになってるけど奥さんがやってくれてることには一応感謝しとこう。

そんなところだろう。

家事も飯の支度もお前が(というか、お前も)普通にやれ、と言いたい。


君と仲直りしたいとずっと考えてたら競馬のこと全く考えなかった!ありがとう。

仲直りっていうのは対等な人間同士がやることで、この人がやらなきゃいけないのは仲直りじゃなくて謝罪なんだけど、それが分かってない。


同僚の女性バイクに乗せてゴメン。

でも絶対に君に疑われるようなことはないです。

これはアウトだと思う。

私はバイクには乗らないけど、男性の運転するバイクのケツには乗せてもらったことがある。

信号で減速する度に強制的にドライバーに密着する形になって、えらく気持ち悪いとともに、女性と2人乗りしてみたい(笑)と思ったものだ。

さぞかしおっぱいがあたって気持ちよかったことだろう(嫉妬)


これからもずっと一緒にいたいです。
君と子供達とこれからも笑いたいです。
君の事が大好きです。

ふーん、って感じ。

大好きですっていったって、全部押し付けて自分はやりたい放題やって、最後の最後に『好き』だけいってなんとかなるなら誰も苦労はしない。

好きっていうのは、できることをちゃんとやった人だけがいっていい言葉なのだ。

星野富弘さん(首から下が動かなくなって口で絵を描いていた画家)とかならともかく、この男性は健康な体で、自分最優先に生きてきただけなのだ。

好きなんて言う言葉を使う資格もないし、使って信用される理由もひとつもない。

そりゃ、なんでもやってくれる奥さんと、お互いに機嫌がいいときだけ遊ぶ相手になる子供となんて、一緒にいたいに決まってる。

なにしろ寝かしつけひとつしてないのだから。


それから、奥さんのことを「君」と呼ぶのもいただけない。

奥さんから自分が呼ばれても不愉快じゃない呼び方をするべきだ。

奥さんのことを「お前」とか「君」と呼ぶ人のなかで、もちろん奥さんからもそう呼ばれている人はいるだろう。

それは別にいい。対等だから。

自分は上から「お前」とか「君」とか呼ぶけど、相手から呼ばれるのは嫌だというなら、それはモラハラだ。


つまり、そこそこきれいな言い方をすればこの人は奥さんを「都合のいい女」扱いしてたし、「家政婦」扱いしていた「お母さん」扱いしていたという人もいるかもしれない。

夫としては「ダメ夫」だった。

でもはっきりいってしまえば、奥さんのことを「奴隷扱い」していたのだ。給料を払わない家政婦、親でもないのに無償でなんでもやらせるというのは、そんなきれいな言葉でごまかせるようなことではない。

一日一日は大したことがなくても、毎日毎日、何年もとなれば、その精神的な暴力性はとてつもない。

奥さんの精神的負担は筆舌に尽くしがたいものだっただろう。

いきなり離婚を突きつけられるとか、いきなり奥さんが子供を連れていなくなるとか、そういう人たちと言うのの多くは、多かれ少なかれこんなものなのではないか。

確かに毎日暴力を振るったわけでもなければ浮気をしたわけでもないと思っているかもしれない。

でも、逃げられて当然だし、捨てられて当然なのだ。

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