たいきが過去のことを話したらしい

日記

保育園で先生からいきなりいわれた

「たいきくん、船にのったって言ってましたよ。九州に行ったって」

たしかに先日、九州に行った。

そして、親戚のおじさんにボートにのせてもらった。

そのことを話したのだろうか。


相変わらず登園も降園も全行程抱っこ。

最近は「おーい、かばくん」の歌を一緒に歌いながら歩く。

お風呂は「とーしゃん、や」が、すっかり定着してしまった。

毎日お母さんがいれてくれてる。

2単語をしっかり話すようになった。

「あんぱんまん、みる」

「のり、たべる」

「おふろ、いや」

「てれび、ぴっ」

基本的に全部現在形か命令形。

まさけ過去形で「ふね、のった」なんて話すとはつゆ思わず。


とにかく成長についていけない。

今までやってたことがなにも通用しない。

お風呂も入ってくれないし、朝ごはんは何なら食べてくれるのかわからないし、大人しく着替えてくれるパターンも毎日違うし。

朝、とにかくぐずらずにしたくを終えるのに、ずっと綱渡りをしているような感覚。

たいきはずっと、気持ちが伝わらなかったら泣くぞ!という顔をしてる、ような気がする。

おそるおそるおうかがいをたてながら、ああでもないこうでもないと一緒に試行錯誤?する。

ひとつもぐずらずに家を出ると、ほっと大きなため息が出る。


大変なわけじゃあない。

そのときそのときは、大変なんて感じてる余裕はないし。

一人の人間であるものの、うまく想いを伝えられないたいきの気持ちを考えながら、あれこれ選択肢を見せてひとつひとつ納得できるように進める。

でも、そもそも「おもい」なるものが本当にあるのかアヤシイときもあるし、あってもコロコロ変わってしまう。

それでも毎朝、たいきの服やらハンカチやらをたいきの目の前に並べて選んでもらう。

これが今のたいきと私のコミュニケーション手段で、朝、たいきの前にずらっと並んだオムツや靴下が、私たちの間の言葉なのだ。

おむつなんて、ほんとにどれでもいいと思うけど、たいきは自分で選びたいし、選んだものしかつけたくないのだからしかたない。

もちろんどれも気に入らないといって泣き叫ぶこともしょっちゅうだ。


そのうち、自分で服を出して、自分で着たりするんだろうか。

自分で靴下をはいちゃったりするんだろうか。

トイレにもいっちゃうんだろうか。

たいきの目の前に服を並べはじめたのがいつか覚えてはいないのと同じように、最後の日も静かに突然やってきて、音もなく過ぎていくんだろう。

あとで振り返ってもそれがどの日だったのか思い出せなかったりするんだろう。

一日一日が、宝物。

毎日を抱き締めていきたい。

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