夫であること

夫婦の意見が合わないとき

子育てについて。

家のことについて。

親戚関係について。

今度の旅行について。

見たいテレビについて。

布団を買い換える時期について。

まあ、何かと意見が合わないときはある。


お互いに違う意見を言うときもある。

私は、奥さんの意見を聞いて、私とは違うけどまあいいかと思って黙ってることもある。

多分、先に私が意見を言っちゃったから奥さんが黙って意見を言わないこともあるんだろう。

そんなとき、多分お互い少しは顔にでる。

顔にはでるけど、言わないならいいかと思って流す。

わざわざ反対意見を聞くのは疲れるし、言うのも疲れる。

意見は違うけどまあ、許容範囲、と言うことで黙ってるのだろうから、あえては聞かない。


私は、もちろん時と場合によるけれど、奥さんが私と違う意見を言うのが嬉しいし楽しい。

私は右から行った方が近いと思う。

奥さんは左のほうが安全だという。

そんなときだ。

こんなせまい我が家の中に幅広い意見があってよかったと思う。

私は私の考えを検証している。

奥さんは奥さんで奥さんのアイデアについて考察している。

夫婦2人の目で見ているのだから、違うものを見ていたほうがいい。

そうすれば、何かを決めるときにも広い視野で決められる。

決めた後失敗しても、他の道も残っている。


それに、上の例で言えば、私は効率のことしか考えていなかった。

奥さんは安全という観点で考えている。

私は体がでかくて人に襲われるとかいうことに考えが及ばないから、いまいち治安とかそういうことには敏感になれない。

子育てをする上で大切な視点はひとつじゃない。

やっぱり複数の視点があることは素晴らしいと思う。


さらに、奥さんのやり方や生き方、行く道についていけば、私は、私一人だったら絶対に一生行かなかったようなところにも行けるし、一生やらなかったようなこともやれるかもしれない。

それは、日本語を喋る人が一人もいないような船でのクルージングの旅行だったり、子供におしゃれな服を着せてやることだったり、カピバラにさわることだったり、子供と「アルプス一万尺」の手遊びをすることだったり。

奥さんの意見が私と違うことが、わたしやたいきの人生をとても豊かにしてくれている。

私も、奥さんにとってそういう存在になれているといいな、と思う。


もちろん、意見が合わずに議論になることだってある。

もちろん、それはそれでいいのだ。

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