押し付けないこと、理由を考えること

子育てを考える, 日記

たいきがiPadで動画を見てる。

向こうには大画面のテレビがあるのに、あえてiPadである。

大きい方がよくない?

と、聞いたけど、iPadがいいとのこと。

膝の上でおとなしくしてるかと思ったら、動画が終わるたびにiPadに近寄って、次にみたい動画を選んでる。

そうか。

テレビでも「どれがいい?」って聞いてそれを選んであげてるつもりだけど、自分で選べるし自分で操作できるのが嬉しいんだ。


こういうのって夫婦や男女でも同じことがあると思う。

大体、男の方は奥さんの希望を聞いて叶えてあげてるつもり。

でも奥さんの方は、いちいち旦那さんにお伺いをたてなきゃいけないのがストレス。

酷い状態になると、いわゆる経済的DVとかモラハラとか言われたりする。

やってもらうんじゃなくて、自分でやれる、ということはとても大事なのだ。

自分でやれる、ということのためにiPadでなければならなかったのか!


こんなことを書いてたら、たいきがYouTubeを止めて知育アプリ?で遊び始めた。

そしてさらに、知育アプリの画面の上におもちゃをおいて遊び始めた。

こんなにも自由な発想は、残念ながら私にはもうない。

たいきがしたようにさせれば、無限の発想が生まれるのだ。

たいきがどうしてそうしたいのかなんて、私が考えても無駄なのかもしれない。

おい、その右手に持ってるの、マジックじゃね?

どうしよう。。止めようか。。