最後の日のことは、いつもなにも覚えていない

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ある日、たいきは寝返りをうった。

ある日、たいきははいはいをはじめた。

ある日、たいきは歩きはじめた。

ある日、たいきはだっこしなくても眠るようになった。


最後のはいはいはいつだったんだろう。

ベビーカーを最後に使ったのはいつだろう。

哺乳瓶を最後に使ったのはいつだろう。

ベビーフードを最後に食べさせたのはいつだろう。

どれも、ついこの間のこと。

なのに、最後の日のことはなにも思い出せない。

その日、その日が最後の日だとは私は知らなかった。

知ってたらもう少し何か、思うことがあったろう。

できることもあったろう。


いつのまにか使わなくなったおもちゃ。

いつのまにか着られなくなった服。

いつのまにか歌わなくなった歌。

たいきの成長の跡。


保育園からの帰り道、たいきがものすごく重たく感じた。

私の左腕の限界を、突然越えに来た。

いつか抱っこできなくなるのかもしれない。

いや、必ずその日は来る。

きっとその日も、私はその日が最後だとは気付かないんだろう。

ずいぶん重いなぁと、汗をかきながらぼやくんだろう。

自分であるかない?なんてたいきに聞くんだろう。

それが、この長い長い抱っこの日々の、終わりの日だとも知らずに。


毎晩寝かしつけした頃の軽かったたいき。

その重さと、温もりの記憶は今も左腕に残っている。

この重さも、しっかり覚えておこう。

ふたりで大きな声で歌を歌いながら歩く家路。

夕焼け空を見上げながら左腕の筋肉の痛みを一生懸命記憶した。

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