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どうでもいいルールを決めることについて

朝、たいきがご飯を食べてるときに「おーし!」と言った。おなじみの「はらぺこあおむし」の動画を見たい、ということだ。


ということではあるのだけれど、最近は少し事情が違う。

もう、はらぺこあおむしの動画はだいぶ見尽くした感がある。

最初は日本語の歌の動画を何度も見ていたけれど、だんだん飽きてきたらしく、別のはらぺこあおむしの動画を見るようになった。

どこぞの幼稚園だか保育園だかの先生たちが出し物で演じた動画や、被災地支援で学生さんがやった動画、CGの動画も、英語の絵本の読み聞かせの動画ももう見た。

まだ見てないはらぺこあおむしの動画を探す方が難しいくらいだ。

そして、一通り色々動画の頭の部分を見てみて、目新しいものがないと不機嫌になる。

そして「おばけ(ねないこだれだ)」や「ワンワン(いぬのおまわりさんの歌)」の動画を見たいと言い出す。

これもよくよく何度も見ているので、なかなか落ち着いて最後までは見ない。


うちではYouTubeの動画をテレビで見る。

PCやタブレットと違ってアプリケーションの起動にも時間がかかる。

テレビのリモコンで画面上のキーボードから一文字一文字カーソルを動かして文字を選択して検索ワードを入力してやらなきゃいけないし、カーソルの動くスピードも遅いなど、操作性もえらく悪い。

早い話が、動画を探してるだけで10分や20分は、あっという間。つまり、かなりめんどくさい。


つい「ごはん食べながら動画は見ないよ」と言った。

なんかしつけっぽいルールでなんとなく正しいことをいってるみたいな気持ちになる。

たいきは当然不機嫌になって、うなりだす。

もう一度「ごはんを食べながら動画は見ないよ」と言った。

たいきは泣きそうな顔でうなる。

食べ物を投げようとする。

「食べ物を投げちゃだめだよ」


はっと気づいた。

これはおかしい。

動画を見てもらいながらご飯を食べてもらうと、大人しくしててくれるのをいいことに、いままで、朝は動画を見ながらご飯を食べさせていた。

その間に登園準備だの身支度だのオムツの名前つけだのトイレだの、朝やらなきゃいけないことはたくさんあるのだ。

しかし、たいきにとってはわけがわかるまい。

今までやっていたことをいきなりやらせてもらえなくなったのだから、怒って当然だ。


でも、そのことは実はどうでもいい。

それよりも、私が、何やら偉そうにさも正しそうなルールのようなものを決めて、それを口にしたこと。

それを口にした瞬間から、私がそのルールを守らせたいという意固地な気持ちになっていたこと。

そして、そういう気持ちになった理由のひとつに「そのルールがいかにも正しそうなルール」だったことがあったことが、私にはとても気持ち悪かった。

正しいことを私はいってるのだから、たいきにはそれに従わせなければならない。

私はほんの短い時間だけど、そう思っていた。

でも、そのルールはいつもと違うルールだし、どう考えても守っても守らなくてもどうでもいいルールだし、そもそも私が「めんどくさい」から作ったルールなのだ。

こんなものを押し付けるのは、別にしつけじゃないし、正しくもない。

だからたいきは、たいきのできる数少ない不快を訴える手段のひとつとして、目の前にあるものを投げた。

たまたまそれは食べ物だったから、さらに新しいルール「食べ物を投げない」が発動された。


こんなことはしたくない。

するべきじゃない。

たいきに対して、私がフェアであるということがまず何より大切なはずだ。

できれば、フェアである上に寛容であるほうがいい。

そうしてはじめて、本当によくないことや、やってはいけないことも教えられる。

私の不当な行為に対する抗議のためではなく、遊びのために食べ物を投げたとしたら、それはやめさせなきゃいけないかもしれない。

でも、今のこれは、私とたいきのけんかなのた。

しかも、先に悪いことをしたのは私なのだ。

たいきが食べ物を投げるのを、私がとがめることはできない。


どうも、同じようなどうでもいいルールを咄嗟に作ろうとすることは少なくない。

牛乳を立って飲まないとか、ヨーグルトはパンのあととか、絵本を読むのはズボンをはいてから、とか。

でもこんなものはしつけじゃないし、公正なルールではないことも明らかだ。

「私が言っていることが正しい」ということも当然あるだろう。

でも、私はたいきより体も大きいし力も強い。

正しいことも、一見正しいけど実は不公正なことも、たいきに押し付けることはできてしまう。

特に、自分が正しいと思い込んでいる人ほど、子供に暴力をふるったりするのだ。

それは、絶対に避けなければならないけれど、物理的な暴力でなくても、むりやりなにかを取り上げたり、本当はやらせるのが面倒なだけなのに何やら偉そうに「それはやってはいけないことだ」等というのだって、十分DVに違いない。

たいきに対して公正な態度でいるのかそうでないのか。

私は、誰よりも厳しい目で自分を見つめ続けなければならないと思う。

体温計で遊ぶたいき。

【関連】

虐待をするのはどういう人なのか

わたしのしつけ①~お守りと絵本

たいきに「ありがとう」と言うのはしつけかもしれない

6 thoughts on “どうでもいいルールを決めることについて”

  1. 初めまして。読ませていただいてハッとしました。
    ついつい今やって欲しいことがあるために、自分も子供に対して咄嗟のルールを勝手に決めてしまうことがあります。たいきパパさんの記事を読んでもう一度自分を見つめ直そうと思いました。
    ありがとうございます。

    1. 本当に私も同じです。
      いつも意識してないとついやっちゃいますよね。
      お互いがんばりましょう!

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