無題の雑文

日記

誰も気づいてないと思うけど、2018年5月4日に再開したこのブログ、なんだかんだ言って1日1記事更新をルールに、一応今日まで途切れず更新してきた。

雑記帳とはしているけれど、これまた一応、たいきのこと、奥さんのこと、家事育児のことを中心から外さずに更新してきた。

昨日は勢いで「しつけ」について長文の記事を一気に書き上げたけど、今日はどうしても何かを書こうという気持ちになれない。

大体タイトルを先に決めちゃってから文末までを一気に書く。それから推敲することはもちろんあるけど、あんまり大きな修正はしない。

今日は、そのタイトルが思い付かない。いや、思い付くのだけど「この世の地獄」とか「ゆあちゃんへ」とか「抱きしめたい」とかそんなものばっかり。

今さらそういうものを主題に何かを書くことが偽善だのアクセス稼ぎだのと悩むような年齢じゃあない。

個人のブログだし、書きたければ書くし、書きたくなければ書かないだけなんだけど、想いが消化しきれないし、届かない言葉を紡ぐむなしさの方が勝ってしまう。

彼女が必要としていたものも、同じ境遇にいる子が必要としているものも、何も差し伸べることができない無力さにうちのめされるばかりだ。


「たいきが」とか「たいきの」とか「たいきに」とか何回も書いたり消したりしてみたけど気持ちに会わない。今日もひとつふたつ嬉しいことも新しいこともあったけど、そういう気分にならないことってあるのだ。

昨日も今日も夕御飯は辛うじて食べたけど、なかなかものを食べる気持ちにすらならない。こういうときはしかたないとあきらめることにした。


しばらくやってみたアクセスランキングみたいなやつは、なんか気持ちに会わないのでこれ以上追いかけるのはやめる。暇なときにリンクも全部消して退会してしまおう。

元々ベンチャー企業体質だから、数字を追いかけることは嫌いじゃないんだけど、このブログに関してはなんかあれをやるメリットも感じられないし、楽しいとも思わなかった。


今日はアカウント名を変えてみた。

今までは「何歳、パパ初心者」だったのだけど、38歳や39歳はまだしも、40歳となるとなんか威圧感がすごい気がしてきてしまった。

40歳の誕生日を迎えたときは特にたいした感慨もなかったのだけど、1ヶ月たって急にそんな気持ちになった。で、「(たいきのパパ)」を足してみた。

しばらくはこれでやっていこうと思う。

ぶどうを食べるたいき。皮ごと食べられるやつを半分に切ってやった。