働く必要のない主婦が外で働くことについて

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夫の収入で、十分食べていけるし貯金もできるし子供も小さい。でも外に出て働きたい。という女性の悩みを目にした。

夫が「今のままで十分やっていけるけど、君が働きたいなら働きたいなら働いてもいいよ」と言うらしい。裏側には「働いてもいいけど家事育児は完璧にこなせよ」、あるいは「何不自由なく生活できているのに何が不満なんだ」という気持ちが見え隠れ。

ただでさえ家事育児は大変なのに、外で働いて、家事育児にも夫が協力してくれないというのは辛い。かといって「迷惑はかけられない」という気持ちなのだろうか。


(1)夫は王様ではない

夫が昼間外で汗水垂らして仕事をする。それはたしかに立派なことだ。そして家に帰ってくると奥さんが掃除洗濯家事育児をちゃんとこなして綺麗に整えた家でご飯を作って待っている。出されたものを食べ、テレビを見て少し子供の面倒を見るようなことをして、風呂に入って寝る。

その間も奥さんは甲斐甲斐しく旦那さんに給仕をし、食器を洗い、子供の世話をする。外で苦労して働いている分、家では奥さんに何でもやってもらう。でも奥さんだって昼間も家事に育児に忙しかったはずだ。

旦那さんは、あたかも王様ででもあるかのようだ。

奥さんは、家のことが大変で「働いてもいいよ」と言われて、家にこもりたくない気持ちもあるけれど、夫には家事育児を分担するつもりがないために、実現できずにこの生活を続けざるを得ない。

これは、おかしい。

奥さんには奥さんの意思で自分の生き方を選択する権利がある。夫は奥さんの生き方を尊重する義務がある。権利とか義務とかいうと難しいようだけど、つまり、夫が、自分が「家では王様」という状態を維持するために奥さんの生き方を縛り付けるのはおかしいということ。

奥さんはこの状態が続けば続くほど、金銭的に夫に頼らざるを得なくなり、状況を変えることができなくなっていく。つまり、外に出て働くことも、離婚することもできなくなっていく。そして毎日「王様」の生活を維持するために機嫌を取り続け、自ら望んだわけではなくやって評価されるわけでもない仕事をし続ける。

これが精神的に健全な状態でないことは、はたから見れば明らかだろう。これを経済的DVという。つまり「何不自由ない」生活に見えるかもしれないけど、奥さんは大いに不自由なのだ。ご飯が食べられて住むところがあるだけ。そこに精神的な自由も身体的な自由もない。

そんなものを「自由な生活」とは呼ばない。

付け加えるならば、こんな不自由な生活を続ければ精神的に健康でい続けることは難しい。そして、その影響は確実に子供に対して現れる。


(2)夫の誤解

夫達のためにいいわけをしておくと、夫達にはそこまで悪気はない。そこには実は夫達がおちいっている大きな誤解が影響している。つまり、専業主婦のやっている家事育児は楽なものだ、という誤解だ。

これは、分解するとさらにふたつの誤解にわけられる。

ひとつは、家事育児そのものに対する無理解だ。多くの男性は母親が家事や育児をやっていたことを覚えている。そして、母親達は決して子供に家事や育児が大変だなどという話はしなかった。きっと今のお母さんたちもそうだろう。夫に愚痴を言ったりtwitterに吐き出したりはしても、子供にそんなことは言わない。子供に伝えたいことではないからだ。

子供には愛情を注ぎたい。まちがっても「あんたの世話でわたし病んでるわ」などとは言わないのだ。

だから、家事育児をやったことがない男性は、自分のお母さんが笑顔で接してくれたイメージそのままに、奥さんがやっている家事育児は笑顔に溢れたものだと思っているのだ。

家事育児のひとつひとつは確かにそんなに難しいものではない。これは詳しくはこちらに書いたものがあるので興味があれば参照してほしいのだけれど、とにかく家事育児というのは決して楽な仕事ではない。

なんなら一日子供と二人で過ごしてみれば少しはわかる。ただし、そのときは一日子守をするだけではなくて、ちゃんと掃除洗濯もした上で、自分で3食の献立を考えて買い物もして、夜帰ってきた奥さんの給仕までやった上でその食器の片づけまで全部やらなければならない。

あるいは、1ヶ月、毎晩の献立を考えるのだけ担当してみてもいい。そのときは、毎日冷蔵庫の中を見て、残っている食材に何を足したら何ができるのか、その食材は今の季節に売っているものなのか、高すぎはしないかまでちゃんと考えてみてほしい。

もうひとつは、変化のないルーチンワークを毎日続けることへの無理解だ。

毎日毎日新しい問題が発生して、それを解決しなければならない。そして、ある程度それをこなしていると責任範囲が広がって、さらに新しいことを覚えていかなければならない。会社の仕事というのはそんな風になっている。そういう仕事の大変さは男性は知っている。

しかし、毎日誰にも評価されず、誰にも見られることもなく、ただただ同じことを繰り返す、しかもそれがこの先一生続くことが確定している、ということの大変さは理解できない。これは肉体的な大変さでもなければ頭脳労働の大変さでもない。変化がなく評価もされないという「精神的な」大変さなのだ。

ずっとひとつの部屋に閉じ込められて何もすることがない状態と同じ、などというと、なんて楽なんだと思われてしまうかもしれない。でもそれが一生続くとわかったら、ひとはどんな精神状態になるだろうか。そこからなんとかして出たいと必死でもがくのではないか。そんなことをテーマにした映画があった気がする。

主婦の仕事が、そういう状態に極めて近いのだということを、男性は経験したことがないゆえに想像できない。これは責められることではないと私は思う。経験不足とか想像力不足とか、そういう言い方をする人もいるかもしれないけれど、人の時間や想像力には限界がある。まして一つ目の誤解の原因となっている「母親のがんばり」を見ていれば、まさかこんなつらい状態なのだなどということに思い至るのはちょっと難しいことなのだ。


(3)専業主婦という生き方と、そうでない生き方

共働きになると離婚が増える、それはけしからんことだ、と考える人がいるらしい。

私に言わせれば、専業主婦が、経済的な理由で離婚もできずに「不自由な生活」を甘受し続けざるを得ないことの方がよほど問題だ。お互いに経済的に独立した状態で、真の信頼関係と愛情を持ち続けるための努力をお互いに続けた結果として、夫婦関係は維持されるべきだ。

経済的DVで縛り続けるなんていうのはもってのほかだ。

奥さんが自らの意思で「専業主婦」という生き方を選ぶのであれば、それはもちろんすばらしいことだ。何が素晴らしいって、専業主婦であることが素晴らしいのではなくて、ひとりの人間として自らの意思で自ら希望している生き方をすることができていることが素晴らしい、ということだ。

しかし、そういう生き方を選ぶ人がいることは、その生き方を他の人に強要する理由にはならない。サッカー選手になりたい人もいれば、体を動かすのがいやな人もいる。医者になりたい人もいれば、一生血を見ないで生活したい人もいる。専業主婦になりたい人もいれば、そうでない人もいるのだ。

奥さんだけ好きな生き方なんてずるい!と思う方には安心して欲しい。残念ながら、奥さんだってやりたい仕事に就けるわけじゃない。そこでも大変なことはたくさんあるだろう。旦那さんの仕事と同じように。ただどうしてもやりたくない仕事」である専業主婦をやめるというだけのことなのだ。


(4)旦那さんたちへのメッセージ

もしこのブログを見ている旦那さんで、同じような状況で奥さんに仕事をしてもらうのか主婦でいてもらうのか考えている、という人がいたら、考えてみてほしい。

もうここまでで、なんとなく奥さんが大変なことをやってくれていたのかもしれないということを私が伝えたいと思っていることはわかってもらえたと思う。それを信じるか信じないかは任せるけど、仮に私が本当のことを言っているとして、あなたはそんな大変なことをさせるためにその女性と結婚したのか。それとも、幸せになってほしくて結婚したのか。

こんな状態になっているのはあなたのせいじゃない。それは(2)の「夫の誤解」のところで書いた。別にお母さんが悪いわけではない。あなたの奥さんだって、自分の子供には同じ誤解をさせるのだ。わたしは旦那さんたちを批判したいわけでもないし、攻撃したいわけでもない。ただ、実は私達男性が知らないところで、こんなことになっていたのだということを私はたまたま知ってしまったからこんなものを書いているのだ。

それから、いま奥さんが昼間にやってくれている家事育児はどうするんだって言う話。これだけ大変だっていっているのに、自分まで巻き込まれて大丈夫なのかという不安もあると思う。

もちろん奥さんが仕事を始めたら今までどおりには行かない。旦那さんだって家事育児を一緒にやらざるを得なくなるだろう。これについてはふたつ伝えなきゃいけないことがある。

ひとつは、そうはいっても実は二人でやれば家事育児というのはそんなに大変なことではないということ。会社の仕事でも、ひとりでやると3時間かかることが、二人でやると1時間ですむというようなことがあると思う。家事育児も同じで、二人でやれば時間も労力もものすごく減る。最初なれるまで1ヶ月ぐらいは大変だと思うけど、奥さんと二人でちゃんとやってみたらそんなに大変じゃないから安心してほしい。

それからもうひとつは、このまま家事育児をしないままでいるとどうなるかということ。これはここに書くと長くなりすぎるのでこちらのYahoo!知恵袋(妻が両親の介護をしません)のベストアンサーを見ればなんとなくわかると思うのでそれを見てほしい。(回答者は私)

いずれにせよ、奥さんが生き方を自分で選択するということは、奥さんが人間らしい生き方をするということなのだ。語弊を恐れず言えば、いまは人間らしい生活ができていないということでもある。せっかく頑張って養っているつもりなのに、感謝されないなんてつらいじゃないかと私は思う。

この長文のブログは、旦那さんの幸せのための記事なのだということをご理解いただければ幸いです。


(5)クソリプ(まだ来てないけど)への返事

こういう議論には必ずこういう反論をする人がいる。

「夫だって働きたくて働いてるわけじゃない。じゃあ、奥さんが働く代わりに夫も仕事を辞めていいのか。」

実にくだらない反論だ。どうしてもそうしたいならそうすればいい。そして奥さんに養ってもらって家事育児をしながら「何不自由ない生活」を満喫すればいい。

一旦は生活レベルが下がるにせよ、奥さんが夫の内助の功を得て普通に正社員としてキャリアアップを目指せば、人並みの生活はできるだろう。男女の賃金格差というのは確かにあるけれど、世の中で言われているほどひどくはない(注)。

奥さんはそんな夫が嫌なら離婚すればいいし、専業主婦の奥さんと離婚せずに生活している夫たちと同じように、愛情と信頼関係、あるいは惰性や社会的メンツのために養い続けたっていい。

旦那さんもそこまでして何かやりたい趣味でもあるなら、奥さんからお小遣いを僅かでももらうなり、家計をやりくりしてへそくりを貯めるなりして、できる範囲で好きなことをしたらいい。

いずれにせよ、このとき、夫も妻も「自分の意思で」自分の生き方を選択している。それが人間らしいということだ。

奥さんひとりの稼ぎでは不満だ、ということならば、その時は改めて奥さんに「外で働いてもいいですか?」と聞けばいいのだ。奥さんが「あなたが家事育児を完璧に続けるならいいわよ」というのかどうかは知らない。

「いま寝かしつけ中だからまだ帰ってこないで」と言われた

(注)男女の賃金格差は、働いている女性の平均年齢が比較的低い(いまの50代女性は働いてないけど20代女性はみんな働いている)のと、働いていても「家事育児は完璧にやる」という前提で残業や転勤をできない働き方の女性が多いことも平均値を計算上押し下げている大きな要因になっている。むろん、それを差し引いてもある程度の格差はあるが、現在の20代〜30代の男性もかつてほど年収が上がることは見込めず、賃金格差はますますなくなっていくことは間違いない。

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