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「妻を幸せにしよう」と思わない(私のルール)

よく「家族を幸せにしよう」「奥さんを幸せにしよう」なんてことをいう。結婚するときとかも「必ず幸せにします」なんて。

私は、実は、奥さんを幸せにしよう、とは思っていない。


私は妻に心から感謝している。

いつも感謝している。

私なんかを選んで一緒になってくれたこと。

私の子供を産んでくれたこと。

私の子供におっぱいをあげてくれること。

毎日家に帰ってきてくれること。

辛いときにははなしを聞いてくれること。

困っているときには一緒になって考えてくれること。

今日は洗濯もしてくれた。

おむつも変えてくれた。

お昼寝の寝かしつけも、寝汗でびしょびしょになった服の着替えも、絵本の読み聞かせもしてくれた。

たいきの笑顔を、見せてくれた。


私に何ができるだろう。

私のパートナーになってくれて、私を支えてくれて、私の宝物を産んでくれた妻に、何かを「してあげる」ことなんてひとつもできない。

全部、恩返し。

返しても返しても、返しきれない。

それどころか、毎日恩がたまっていってしまう。

掃除をしていると、たいきと遊んでいてくれる。

料理をしてると、風呂を入れてくれる。

皿を洗っていると、寝かしつけをしてくれる。

もらってる恩が、全然返せない。

こんなに幸せにしてもらってる私が、奥さんを「幸せにしてやる」なんて、とてもとても考えられることじゃない。


私がやったことじゃなくて、彼女がやってくれたことを数える。

私が気づかないうちにやってくれてることが、私が数えたかずの倍あることも知っている。

だからせめて、やってもらったとわかることは、ひとつひとつ幸せを噛み締めながら指折り数える。

ひとつでも多く、彼女がしてくれたことを数えたい。

その数が、私が思われていて、大切にされているという、私の幸せの数なのだから。

返しきれない恩をもらって、私はいつも幸せな気持ちでいられる。


「妻を幸せにしよう」と私は思わない。

もし、恩を全部返せる日が来たら、そのときはそう考えるかもしれない。

子供を産んでくれた恩なんて、どうやって返していいか想像もつかないけど。

奥さんを幸せにしよう、なんて思ったらいつか私は勘違いするだろう。

「こんなにしてあげたのに」

そう思わないことが、私の決めたルール。

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