子供に聞かせたい音楽

赤ちゃんに昼にも夜にもBGMとして聞かせたい音楽 ~オルガンを伴う協奏曲集(ヴィヴァルディ)

ひょんなことで手に入れたレコード。

「ヴィヴァルディ、オルガンを伴う協奏曲集」(グラモフォンレコード) 発売元:ポリドール株式会社

指揮:ポール・ケンツ 演奏:ポールケンツ室内管弦楽団、アンドレ・イゾワール(ポジティフオルガン)、モニーク・フラスカ=コロンビエ(ヴァイオリン)、ミシェル・ジブロ(オーボエ)

録音:1975年

■曲目

1)オーボエ、ヴァイオリン、オルガン、弦とチェンバロのための協奏曲 ハ長調 P.36

2)ヴァイオリン、オルガン、弦とチェンバロのための協奏曲 ヘ長調 P.276

3)ヴァイオリン、オルガン、弦とチェンバロのための協奏曲 ニ短調 P.311

4)4つのオブリガードフルート、4つのヴァイオリン、弦と2つのオルガンのための協奏曲「イン・ドゥエ・コーリ」イ長調 P.226

 

はっきりいって、ポール・ケンツ、知らなかった。以下、ジャケットの解説の引用。

「演奏しているポールケンツ室内管弦楽団は、フランスの代表的なアンサンブルのひとつである。指揮者ケンツの経歴はつまびらかでないが、おそらくドイツ系フランス人で、1920年代の生まれと思われる。1948年頃、パリ国立図書館に眠る楽譜を夢中であさっていたケンツ青年は1950年に若手を集めて室内管弦楽団を組織、ジュネス・ミュジカールの演奏会でデビューして大成功を収めた。以後、国内・国外に活発に演奏旅行を行い、1966年からはフランス文化省の助成金を得るようになった。ヨーロッパのレーベルに数多くのレコード録音があり、3度ディスク大賞に輝いている。1972年には宗教音楽用の合唱団も組織され、現在では、5月から7月にかけての水曜日にパリで開かれるコンサートが人気を集めいている。室内合奏団であるから、ヴィヴァルディをはじめとするバロック音楽がレパートリーの中心をなしていることは言うまでもないが、埋もれた名作や現代音楽を意欲的に取り上げる姿勢は、この団体が結成以来守り抜いているものである。」(解説:礒山雅)

「現在」というのは1970年代後半ぐらいのことらしい。フランスで人気のオーケストラだったようだ。

それから、オルガニストのアンドレ・イゾワールについて、以下、ジャケットの解説の引用。

「アンドレ・イソワールは1935年生まれの、フランスのすぐれた中堅オルガニストである。彼はセザール・フランク音楽学校をへて国立高等音楽院に学び、1960年にオルガンと即興演奏のプルミエ・プリを得た。60年代にはいくつかのコンクールで輝かしい成果を収め、現在ではパリのサンジェルマン=デプレ協会の大オルガン奏者、アンジェ、オルセ音楽院のオルガン教授の任にある。また、オルガン音楽の作曲家としても評価が高い。イソワールの明快で安定した独奏を得て、ポール・ケンツ室内管弦楽団も最良の演奏を聞かせている。」(解説:礒山雅)

 

さて、とにかく、この曲名も、演奏家も、ぴんと来ないアルバムと出会えたことは本当に私の人生にとって幸福なことだと思う。というか、ヴィヴァルディ、ちゃんと聞かなきゃいけないと思った。バッハは、ヴィヴァルディの曲をオルガン用に編曲したりする中で、いろんなことを勉強したらしい。大天才ヴィヴァルディという作曲家がいたということを、改めてちゃんと認識させてくれる名盤。ヴィヴァルディは四季以外にもたくさん名曲を残しているに違いないと、確信が持てる。

ヴィヴァルディは、いろいろな楽器のために膨大な数の協奏曲(コンチェルト)を書いていたらしい。本人は優れたヴァイオリニストだったので、ヴァイオリンが多い(一番有名な「四季」はヴァイオリンコンチェルト)けれど、鍵盤楽器を用いたコンチェルトはとても少なく、中でも、オルガン協奏曲はこのアルバムに収められた4曲しかない。

オルガンと言っても、バッハの「トッカータとフーガ ニ短調」とかにつかわれているような壮大華麗ななパイプオルガンではない。ポジティフオルガンと呼ばれる小型オルガン。音は可愛らしい。ヴァイオリンやオーボエときれいにコラボできる。

どの曲も、キャッチ―な旋律と展開を持ち、バロックならではの分かりやすい通奏低音。いくつかの楽器が同じ旋律を入れ代わり立ち代わり万華鏡のように現れては消えるように演奏するのが、心楽しく、聞きやすい。基本的に曲想は雄大で力強く、いわゆる室内楽(10人以内程度の小編成)であるにもかかわらず、大オーケストラの音楽を聴いているような圧倒的な満足感がある。それでいて、使われてい楽器そのものは少ないため、聞き疲れしないし、夜に聞くのにも適している。

生き生きとしたリズムの中で、オルガンの音と、弦と、チェンバロ、オーボエ、フルートが絡み合う。あたかも、お互いに、お互いを引き立てるために生まれた楽器であるかのように、お互いを引き立てあって、高めあっている。現代のオーケストラがこの編成になっていない、つまりオーケストラにオルガンが通常入っていないのが、本当に不思議になるぐらい、自然な編成に聞こえる。これは名曲もさることながら、演奏家の資質によって、その天才が最大限発揮されていることも大きいのかもしれない。

ヴィヴァルディにせよ、ポール・ケンツにせよ、アンドレ・イゾワールにせよ、日本で売られているコンテンツは決して多くはない(ヴィヴァルディは「四季」だけならたくさん出ているけど)。なんとか、どこかでまた巡り合いたいもの。

 

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