子供が泣く理由(1ヶ月目ぐらい)を考えてみた

子育てを考える

子供が泣く理由を考えてみた。

まず、泣く理由を考えた理由を述べたいと思う。それは、三つある。

まず第一に、泣いている子供に「どうしたの~」「大丈夫だよ~」「なきやんで~」等々と声がけをしたくなる自分に、強い違和感を覚えたことにある。

そもそも、親が困るような行動をする子供に対して「なぜ?」と聞くのが私はいやだなぁと思う。子供は何か本能にしたがって行動し、その結果として、たまたま親が困るだけで、子供はそもそもそのことで親が困るなど想像もできないし、なぜそういう行動をしたのかも分かるわけがない。これは、言葉を話すようになってからもそうで、何か子供に「どうして?」等と聞くのは意味がない。「なんでこんなことするの?」という質問。これは、聞かれている方にとっては、ただ責められてるだけなのじゃないか。

また、大人がそこで泣いているとして、僕らはその理由をたずねるだろうか。それはちがう。いや、そういう人もいるだろうけど、そういう人はいいカウンセラーにも、いいマネージャーにも、いい恋人にもなれない。泣いてる人が必要としているのは、受容と共感であって、問いただしたり励ましたり、まして無理に泣き止ませようとするような言葉ではない。

だから、泣いてる赤ん坊にかけてあげる言葉は「おや、怖いんだね」「なんか、気持ち悪いんだね」「痛かったね」「元気いっぱいだな」「きみが泣いてる理由がまだわからなくてごめんね。お父さん、どうしようかなぁ」「(一緒に大声を上げてみる)」といった言葉だと思うのだ。これは泣いている理由が、恐怖、不快とかに別れるのではないかという仮説に基づいているので、泣いている理由候補が増えれば、その分声がけの候補はふえることになる。

なにより、これは、声がけをするこっちの方も気が楽だ。

なぜ?と問いかけるとどうなるか。子供が泣く、泣き止まない、質問にも答えてくれない、という三重苦を味わうことになる。なぜ?という問いかけは、基本的に泣いている子供と相対し、敵対する関係性を自然に築いてしまう。これがストレスとなり、いつしか自分をせめる形で悩んだり病気になったり、あるいは子供を攻める形で暴力や虐待に繋がっていくのではないか。もちろん共感するだけではダメで、解決できる理由がある場合は解決してあげたいとは思う。

なぜ子供が泣くのかを考えた第二の理由はそれ。

泣く理由がわかれば、それを解決する方法も自ずと分かり、あやす方が楽になるのではないかということ。泣く理由のなかで解決できそうなものは、色々な育児記事にも網羅されているから、それはたくさん読めばいい。大体、おなかがすいたとか、熱いとか、お尻が気持ち悪いとか、眠いとか。

そして、第三の理由は、そもそも解決できない理由で泣いてる場合があるのではないかと疑ったということ。解決できない理由で泣いている人を癒すのは、温もりであり、受容と共感に他ならない。あやす方は、泣き止まない子供を見て悩む必要はなく、思う存分気がすむまで泣くのを、隣にいて(というかだっこして)共感し続けてあげればいいんじゃないかと思うの。だから、解決できない理由で泣いているとしたらどんな場合があるのかを一生懸命考えてみたというわけ。

そこで、一生懸命泣く子供を見ながら、彼の悲しみを思ってみた。

いや、ちょっと、悲しいぞ、これは。だって、彼は、つい数日前、数週間前まで、暖かくて、お腹もすかなくて、痛いことも何もないところで、ひたすら寝たり起きたりして過ごしていたんだ。物心ついたとき?にはそこにいて、それが彼の世界の全てだったし、そこに不満も感じてなかった。

そこにある日、地獄のような痛みが襲ってきた。まず全身を締め付ける壁、頭の形が変わるほど強烈な締め付け。出産時の子供の痛みは陣痛にも匹敵するとなにかにかいてあった。陣痛の痛みは、男が体験すると発狂する痛みだ、ともどこかで読んだ。どっちも出展不明の話で申し訳ないけど、とにかく、安楽の日々に訪れた突然の痛みと恐怖。

赤ん坊は、あと何日で生まれるな~なんて指折り数えて準備してきた妊婦と違って、心の準備をしていたわけでもない。これを、二日や三日で忘れられるだろうか。寝ているとき、起きているとき、突然その事を思いだし、あるいは恐怖にかられて、ただ泣く、というのは、あまりにも自然なことじゃないかと思う。

そして、もうひとつ。その、ついこの間までのお母さんのお腹のなかという、永遠に続く(子供には時間の概念がないから、すべての時間は永遠なのだ)安楽な環境から、出てきてしまったわけだけど、たとえば目が覚めたとき、その環境でないことにびっくりして泣いてるのではないか。大人でも、引っ越したりすると、しばらくはたまに、目が覚めたときに一瞬、自分がどこにいるかわからなくなったりする、あれです。

しかも、前にいたところは温かくて安心安全な母親の胎内。いまは、その母親は隣にいて、自分を包み込んではいない。なんか知らんおっさんがさらに隣にいたりして。腹は減るし、股ぐらは気持ち悪くなるし。あと、たぶん、肌も腸もはじめて使うから、粘膜やら皮膚やらが、いたくて仕方ないんじゃないか。男性にしかわからない話で恐縮ですけど、はじめてあれが剥けたとき、1週間~ひとによって1ヶ月くらいはパンツと擦れていたかったあれと同じ。とりいそぎ、うんちをしてもおしっこをしても、その通り道はいたくて仕方ないに違いない。そんなところに出てきてしまったわけで。これはもう、泣くしかない。戻るわけにも行かないし。

というわけで、子供が泣いていても、いわば自分を責める必要は全くないことも多いんじゃないかということでした。泣くことで、肺活量とか筋肉とかつけてるんじゃないか、って気もするし。